Episode 022
遥と光(後編)

music:[Happy Happy Love]


前回までの『L.D.C.』

 人間界で生活をしていた南龍助は、魔界から来た少女、麻宮朱里と出会う。そして、一度は魔界に二人は引き離されたのだが、仲間と共に魔界を旅して立ち向かい彼女を取り戻し、再び人間界で夢を追いかけることになった。
 
 遥は光に案内してもらい町のショピングや食事を楽んだ。普段、遥が訪れない様な場所や珍しい物を体感し、それを通して遥と光も少しずつ打ち解けていくのだった。そして帰りに、少し寄り道をして海を見てから帰ろうということになる。
 
 彼らが楽しんでいるその少し前、魔界では反逆者として捕まっていたセルが逃走した。そして、魔界精鋭の戦士『レジェンド』の一人であるJ.(ジャンヌ)へ、魔界の兵士から報告が入った...。

 魔界の兵士が、J.が待機していた部屋に駆け込んでくる。
「J.様、失礼します。先ほど、逃亡者が出ました!セルです!」
「何、セルが逃亡だと!すぐにコード・イエローを発動して周囲を封鎖せよ。すぐに私も行く。」
 J.が兵士に指示をすると、兵士は敬礼をして部屋を出ていく。
「父上とアルが新たに考案した厳重な結界で奴を封じ込めておいたはずだが。甘かったか…。奴の方が更に一枚上手だったか?また私が捕えてやる。」
 そう呟いて、小さな花のついた髪飾りを着けると、J.も部屋を出た。
 通常、魔界の犯罪者は、兵士宿舎地下の牢屋で一時的に送られ、その後、裁定が下るとディアブロ王の居城の南側にある永久凍土地帯に建設された第二研究所地下の牢獄に幽閉される。しかし、セルのようなS級の魔界の犯罪者は、ディアブロ王の目が届きやすいように城下町にある第一研究所の地下に特別に作られた牢獄で厳重な警備と結界によって監視していたのだった。
 J.が廊下を走っていると現場からの連絡がデバイスに送られてくる。デバイスに映し出される映像を見ながら話す。
「ご覧の様に、現場は結界が全て破られています。警備兵も重傷者が数名。後の兵士は、高度な魔法の道具で眠らされていました。それから、新型の結界に仕組まれていたブービートラップにかかった魔獣数匹を取り押さえています。逃亡に加担したと思われる魔族も一名確保。この者は、セルによる攻撃で、現在かなり瀕死に近い状態です。監視映像の解析で確認しました。」
 映像には結界の中で瀕死状態で結界に閉じ込められている様子が映し出された後に、再び、現場の兵士の顔が映る。
「口封じか?」
「それも考えられますが、どうやら、この者も他の魔獣もセルの時限式の魔法によって洗脳されていた様です。わざわざ口封じをしなくても、時間が来たらいずれ差し替えられた記憶が元に戻ってしまい何も覚えていないケースと思われます。尋問しても情報を引き出すのは困難かと…。」
 時限的な魔法を施して逃走に利用された魔族の記憶を消すだけで口封じは出来るというのに、あえて命まで奪おうというセルの行動に対して、少し強い口調でJ.が言う。
「用済みの駒は消すということか、セルめ!」
 デバイスの映像には、セル逃走に加担した魔族が救護班によって運び出されて行くのが見えた。J.が右手をぎゅっと握った後で、少しクールな表情になってから現場の兵士に指示をする。
「引き続き、周囲の封鎖と調査尋問を頼む。重要な連絡は密に。おそらくその辺りには、もうセル達はいないと予想されるので、私は奴らの潜伏していそうな場所をあたってみる。それから精鋭数名を私の元へ送ってくれ。できれば道具に精通している者と体術に優れている者を。」
「了解しました。」
 デバイスの映像が切れる。J.が建物の外へ出て、魔法陣のゲートを開き飛び込む。
 
 

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 ディアブロ王の居城の西には砂漠や火山地帯を隔てて遥の故郷でもあるディクセンオールという大きな町がある。そのディクセンオールから更に少し西へ向かった所にセルが潜伏している小さな町があった。逃走中のセルが人気の無い教会裏に潜んで大笑いをした。
「ディアブロめ。このセルをあんな結界ごときで閉じ込めておけると思っているのか。私も見くびられたものだ。魔界の精鋭といえども、まったく役に立たん馬鹿な奴らばかりだ!」 
 すると、物陰から声がする。
「誰が馬鹿だって?ひょっとして、私のことを言っているのか?だったら、その馬鹿に以前一度捕まって、またも捕まるお前は大馬鹿者ということか。」
「な、何!お前は…J.か!」
 セルがすぐに魔法効果のある道具をJ.の方へ投げて風属性の攻撃魔法を繰り出す。J.の雷属性に優位な風属性の魔法をセルは瞬時に判断したのだった。J.が彼女の武器である大鎌で風の攻撃魔法を切り裂いて応戦する。
 そして、J.も魔法効果の入ったカプセルを投げる。すると、一帯がうっすら暗くなり、所々で静電気の様な小さな放電がピリピリと起こる。カプセルで雷属性者に優位な地の利へ変えることで、J.にとって魔法効果がワンランク上の効果になるのだ。
「なるほど。お前も、自分の魔力だけを押し通すだけでなく、状況判断を少しは出来るようになったのか?」
 杖を持ち直してJ.との間合いを取りながらセルが言うと、J.は大鎌を大きく振りかざし牽制してから答えた。
「私もアルと戦った時に学んだんだ。無鉄砲に戦うだけじゃ、強くなれないと。」
「アル・レインか。あの男は大した魔力も持ちもしないのにレジェンドになれたラッキーな奴だったな。あいつも邪魔な存在だからいずれ消さなければならないか。まぁ、あいつのことは後回しだ。まずは、お前から消してやる。break through!」
 
 セルが武器の杖をbreak throughさせる。杖が紫の光に包まれ竪琴にフォームチェンジする。
「私はbreak throughさせたこの竪琴を奏でることで魔法攻撃を行えるのだ。それも長年の『L.D.C.』の研究の賜物。お前もbreak throughさせろ。」
 自信ありげにセルがJ.を挑発するが、彼女は大鎌を両手でぐっと握って一歩前に出る。
「break throughは不完全だとアルが言っていた!宝具『L.D.C.』の様に”Espoir”のクリスタルの力を借りるだけでは足りず、耐性の無い者が使うと、使う者の命を削るものだと。」
「それがどうした。怖いのか?みんないずれは死ぬ。その上、お前も私も魔界で禁忌とされているクローン技術で生み出されたおかげで、才能は強化されていても他の魔族よりも寿命は短いんだ。だったら、弱者として倒されるよりも、強者として倒す方を私は選ぶがな!」
 竪琴をセルが奏でると、火属性の攻撃魔法がJ.に向かって繰り出される。J.は大鎌で炎を防ぐ。しかし、炎の勢いに押される形で少し後退する。
「ちっ。剣や槍のような打撃系ではなく、魔法を中心に重点を置いた武器ということか。それに見た目と違って、魔法攻撃力も格段に上がる仕組みとはな。」
 再び、セルが竪琴を演奏することで、連続で火属性の魔法攻撃を繰り出した後に、風属性の魔法攻撃を繰り出す。大きな竜巻がJ.を襲い、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。風属性の魔法攻撃を大鎌である程度防御したというものの、小さなかまいたちの様な攻撃までは防ぎきれなかった。所々切り傷で少し痛み、眉間にしわを寄せる。
 すぐに体勢を立て直すために立ち上がろうとするが、セルがJ.の攻撃可能な間合いを空けながら氷属性の魔法を唱える。
 J.が大鎌で防御しようとしたが、大鎌が弾き飛ばされてしまう。
 
「次で止めだ。だから、お前にもbreak throughしろと言っただろう?倒されては話にならんではないか。だが、同じクローン技術で生み出された者としてチャンスを与えよう。私に従え。そうすれば、悪いようにはしない。」
 セルがJ.の髪に飾られている小さな花のついた髪飾りを見て少し嘲笑うように言う。

イラスト:hata_hataさん

「ほう。花飾りとは、クローンも恋をするのか?お前が想いを寄せる相手は…R.か?R.は人間界へ行ってジュリアを守るが、今の絶体絶命のお前は守らん。お前の育ての親であるシーズも助けに来ない。所詮、我らは奴らとは違うのだ。私について来れば、全てが思いのままだ。そして我々クローンの世界が始まるのだ。優れた能力を持ち得る我らクローンの世界を治めるのが世界のあるべき姿だ。」
「違う!魔界の民を一番に考えるディアブロ様の統治の下で、我ら魔界に生きる者が力を合わせて、より平和な世界を目指すべきだ!」
 J.がセルをにらみつけながら叫ぶ。しかし、セルは鼻で軽く笑った後に軽く首を振りながら話す。
「ディアブロも魔族で一番の魔力の持ち主だから、魔王なのだ。だったら、その上を私の魔力と研究結果の融合したもので超えて、我らクローンがこの世界を治めても良いのではないか?」
「ふざけるな!!お前がやろうとしていることは唯の独裁だ!ディアブロ様は違う!あの方は、あの人間,南龍助の言うことまで耳を傾けて、より良い世界のあるべき姿を考えていらっしゃった!」
 少し向こうに弾き飛ばされた大鎌に目をやりながらJ.が言う。
「お前は何も知らないからな。私の調べたところ、南龍助はな…。くそっ。この魔力はM.か。あいつの怪力は厄介だな…。残念ながらタイムリミットだ。お前は消えろ。evolve!」
 
 セルはbreak throughした竪琴の武器を一旦、杖に戻した後でevolveさせて、初めに持っていた杖よりも一回り大きな杖の形にフォームチェンジさせた。

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 evolveとは魔界の氷山地帯の奥にある氷の遺跡の試練を乗り越えたものにのみ与えられるという効果である。試練を乗り越えた者は心身ともに鍛えられpower upするが、遺跡の効果により武器もフォームチェンジ出来るようになるという。誰でもいける場所ではなく、過酷な環境や試練のため、詳しいことはまだ魔界でも解明されていない。J.は涼がevolveを修得したとシーズから聞いたことがあったが、彼もまだ安定させることが難しいと聞いていたのだった。おそらく、セルはこれまで試練に挑んで打ちのめされた多くの者の報告や実験等を元に、疑似的に修得したものだろうと、J.は考えたのだった。
 
 そして、セルが杖を振りかざした瞬間に、J.が大鎌の武器の方へ飛び込んで掴みセルの方へ踏み込んで大鎌を振り下ろした。
 しかし、セルは杖で大鎌を軽く受け流して、にんまりとする。
「終わりだな。J.よ。いや、5番目のクローン、ジャンヌ Fi. シーズよ。」
 セルが氷属性の結界でJ.を抑え込み、雷属性の攻撃魔法を食らわした。
「うわぁーー!!!」
 J.が電撃に気を失いかけた時、氷の結界を拳が砕いた。そして、崩れ落ちるJ.を左手で抱えて、後方へ跳ぶ。M.はJ.を床に座らせると、素手で構える。
「そこまで。ここからはミーがお相手する!」
 M.が戦闘態勢のまま掌で手招きをした。M.は魔法系と体術系を使いこなせる。そして、特技として、魔力を多く消耗するが相手の呪文をコピーして一定期間繰り出すことが出来る。セルは魔法と道具を使った戦いを得意とすると判断し、対セル戦闘として、あえてロッドを出さず魔法攻撃よりもM.自身がスピードを活かすことのできる体術メインの直接攻撃を選んだようだった。
 
「役立たずが、また一人増えただけか。私にとっては、いないも同じだ。」
「そう言えるのも、今だけ。伊達に『転属レジェンド』と言われてないから覚悟してー!」
 セルが杖を振って氷の結界を三重に張るが、M.は肘で一気に砕いて破りセルの目の前で一歩更に踏み込み、力強く拳をセルの腹部に打ち込んだ。
「うっ。な、何ぃ…。は、速い…。」
「だから言ったでしょう。ミーだってやる時はやるんだから。この近距離では、自分にも被害が出るからあんたも攻撃力のある魔法を使えないでしょう?あんたはゲームオーバー。もう逃げられないわよ。」
 M.が苦痛で顔を歪ませたセルが持つ杖を掴んだ。
「た、確かに、M.の言う通りだ。近距離では私の攻撃力のある魔法は衝撃が大きすぎるだろう。だが、それで魔法攻撃をしないと判断するとは、やはり甘いな!」
「な、なんですって!!」
 セルが火属性の攻撃魔法を唱えると、セルとM.の間に炎の渦が発生する。瞬間的にM.はセルの杖から手を放して防御体制のまま10メートルほど後方へ下がる。
 M.の目の前にはセルが炎に包まれた状態で笑っている。そして、杖を振って水属性の癒し系魔法で炎を消して、応急処置をした。
「こんな近距離で、自分共々攻撃力の強い魔法を食らうなんて狂ってる…。瞬間的に防御したミーですらかなりダメージを食らったのに…。防御すらしないであれを食らって立っていられるとは…。あんただって、相当なダメージなはず…。」
「ば、馬鹿め。何がゲームオーバーだ。ほら見てみろ。私はお前らには捕まらんさ。」
 セルがゆっくりと一歩前に歩いて、J.の方を見る。
 
「少し邪魔が入って命拾いしたな、J.。仕方がない。」
 M.が攻撃態勢に入ろうとした時に、セルが雷属性の魔法攻撃を繰り出し牽制して、次の瞬間、道具を投げると雷属性の魔法に連動して大爆発する。
「何!!!」
 とっさにM.はロッドを出して結界を張り、爆発からJ.を庇うように背中で守る。爆炎が弱まり、振り返るとセル達の姿はそこには無かった。微かにゲートを開いたような痕跡が残っている。
「ちっ。逃げられたか?ミー、悔しーい!!」
 M.が杖をしまいながら悔しがる。その声にJ.が立ち上がって尋ねる。
「あ、あいつは…?」
「逃げられた。しっかりしなさい、大丈夫?ミー達の応援部隊を待ってから、動けば良かったのに。」
 後方に控えていた魔界の兵士数名が近寄ってきて、J.の手当てをする。
「済まない。」
「しょうがない。まだ生きているんだから挽回すればいいじゃない?『転属レジェンド』なミーみたいに。今回のは貸しにしておいてあ・げ・る。」
 J.を励ますようにM.がウィンクをすると、J.は頭を下げる。
「ありがとう…。」
 
「セルは、ミーが追うわ。J.は少し休んでいなさい。」
 M.がJ.に手を貸して、ぐっと力強く引き上げてやる。
「もう大丈夫だ。私がセルを追う。それよりもM.はディアブロ王宮の警備を。セルはディアブロ様のお命を狙っている。」
「なんて奴!研究熱心も行き過ぎるとマッドサイエンティストになっちゃうのかしら。大丈夫、ミーが責任を持ってディアブロ様をお守りするから。」
 セルも先ほどのM.との戦いで大きなダメージを受けているので、すぐにディアブロ王の身に危険が迫る可能性は少ないかもしれないが、万が一のためにディアブロ王警護を最優先任務としたのだった。
 自分の胸をばんっと叩いてM.が応える。
「あんたも無茶しないで、仲間を頼りなさい。シーズ博士もきっとあんたの力になってくれるから。」

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 J.は先ほどのセルの言葉を思い出していた。セルの言うように、『魔族』と『クローンのJ.やセル』は違う存在で、自分はセル側の者なのだろうかと。そして涼は朱里を助けるために力を貸しているが、果たしてもし近くにいても自分を助けてくれるのだろうか…と。少し朱里に対して、ジェラシーの様なものを感じたが、すぐに気持ちを入れ替えて振り切る。
「今は、セルを捕まえることだ。魔界だけでなく、他の異世界の民にも、危険だ。」
 セルが消えた場所を睨んだ後で、J.は曇って暗い空を見上げたのだった。
 
 
 その頃、人間界では、遥と光が暗くなりかけた浜辺へ到着した。遥が[Happy Happy Love]の一節を口ずさむ。
 
「どこに行こうか?ワクワクするね!
鮮やかな景色が流れていく...」
 
 一日のショッピング等で楽しんだ余韻を味わうように、帰りに遥が浜辺に行きたいと言うので、暗くなるからちょっとだけ連れて行くことにしたのだった。明るい駅前のイルミネーションの景色が流れてだんだんと暗く静かな場所へと歩いてきた。
「さっき観覧車から見えた夕暮れの海もキラキラして綺麗だったけど、夜の海はまた違った感じなのね。ねぇ、リコ。」

イラスト:hata_hataさん

「そうですわね。同じ景色でも、時間と共に変化するのですね。もうこの時間になると人影もありませんわ。」
 遥がリコを肩に乗せたまま浜辺を見渡す。横を歩く光がリコと遥を見ながら語りかける。
「一色は海は好きか?」
「うん。人間界に来て初めて見たけど。みんなで遊びに行ってとても楽しかったから。」
 リコの首元をなぜながら遥が応える。リコは気持ちよさそうに目を閉じて、遥の頬に寄り添っていた。
「そうか。みんなで来るとやっぱり楽しいよな。確かに…。」
 浜風に吹かれながら、遠い視線で光がゆっくりと話し出した。
「俺は、時々、夜の海に一人でギターを持ってくることがあるんだ…。兄貴を思い出しに。」
 光の話によると幼い頃の記憶なので曖昧なのだが、彼が兄と二人で海へ来た時に、どうやら彼の兄が消えたらしい。
「それで、さっき観覧車の中で、みんなで行くと夏の海は楽しいよな、って言ったんだ…。」
と、遥が呟くと光が小さくうなずく。光が空を見上げるとそこには星が一つ二つ輝き始めていた。
 
「この間、武司に兄貴のことを思い出しているのが俺らしさとか、過去に囚われてばかりとか言われて、思わず喧嘩して一色にまで迷惑かけてしまったけど、本当はあいつの言う通りなんだ…。人間って奴は、どうしても過去に囚われてしまう…。」
「誰だって、大なり小なりそういうものがあるんじゃない?人間だって、魔族にだって。」
 遥が光の横顔を見ながら言うと、光は前を向いたまま少し。
「そんな単純なことじゃないんだ。情けないけど…。俺にはあれしかないんだ。親は別に意識しているわけではないんだと思うけど未だに亡くなった兄と比べられて、俺は劣っていることを感じ悩むことがあるんだ。ギターの演奏だって、兄貴には全然かなわないし…。」
 苦笑いしながら光が話を続ける。
「越えられない壁かもしれないけど、自分らしさが見つからないかもしれないけど、やっぱり俺にはあのギターしかない。勿論、テニスも好きだけど、兄貴との思い出のあるギターが好きなんだ。でも、心が苦しくなることがある。」
 光が辛そうな顔になる。遥が光を気遣って声をかけた。
「分かったから。もう良いから。」
 二人の間を波風が吹き抜け、遥の髪が揺れる。
 
「こんな感じなのに手放せないんだよな…。あのギターだけは…。」
「お兄さんのだから?」
 遥が側に来て少し複雑な表情をしている光に尋ねた。
「あぁ。俺にとってとても大事な物なんだ。」
 暗くなった空の向こうの雲を眺めながら遠い視線で光が話した。
「兄貴は死んでしまったのか、どっかいっちまったのか?俺にも良く分からないんだ。うっすら記憶に残っているだけなんだけど…、あの日、大好きだった兄貴が、陽炎の様に消えて、そして気がついた時には、俺は病院だった。傷だらけで、俺は三日間眠り続けてらしい。そして、倒れていた俺の横に残っていたのは、あの傷ついた兄貴のギターだけだったらしい…。」
「…。」
 遥は黙って聞いていた。少し波打ち際へ歩き出して、光が足を止めてうつむく。
 
「大好きだった兄貴がいなくなったというのに、俺は…、涙が出ないんだよ。」

イラスト:hata_hataさん

「佐伯君…。」
 光にとって夜の浜辺には大きな意味があったのにもかかわらず、遥のお願いを受け入れて寄り道をしてくれたことを、遥は改めて感じていた。寄せては引いていく波の音が寂しく響いていた。
「強いんじゃない。悲しいことなんだ。それなのに何も感じないなんて。悲しい時に、涙が出ないなんて…。」
 遥は目頭が熱くなってくる。リコも寂しそうに光の方を見つめている。
「無事に帰れてよかったのか…?兄貴じゃなくて、俺が身代わりになっていれば良かったのではないかと。今でも悔やむことがある…。」
 それを聞いて、遥が光に叫ぶ。
「そんなことは無いよ!!だって、佐伯君はあたし達にとって大切な仲間だもん。少なくとも、あたしは佐伯君が生きていてくれて良かったと思うよ。みんなもきっと。亡くなったお兄さんも…。」
 遥の言葉にはっとして、光が彼女の顔を見る。その瞳には涙があふれていたのだった。
「なんで、一色が泣いているんだよ。」
「泣いているんじゃないんだからね。汗よ。そう、汗が目に入っただけ。馬鹿じゃない。」
 光がそっと微笑んで、ハンカチを遥かに渡す。
「分かったから。これを使って。」
「…。」
 黙ったまま遥がハンカチを受け取って頬を伝って落ちる涙を拭く。波打ち際に近い砂浜に光が座ると、遥も横に座って海を眺める。
 
「あたしもね。魔界では有名な大貴族ディオール家の一人娘として生まれて、両親や周りの期待に応えるべく一生懸命頑張ってきたの。でも、なかなか思うようにいかないし、幼い頃は病弱だったから、いつも一人ぼっちで…。悩みをずっと一人で抱え込んでいたんだ。だんだん心を閉ざすようになっていった。」
 遥がハンカチをぎゅっと握りしめながら話し出す。
「でも、そんな心細くて不器用な私に、朱里だけは歌を通して接してくれて、うれしかったんだ。おかげで、今は、朱里だけでなくリコも佐伯君もいる。生きていると色んな事が起きるから悩みが無くなったわけじゃないけど。心救われることがあるよ。」
 光が遥の言葉を感じながら少し癒された気持ちになる。
「俺達は似た者同士じゃないか?」
「案外そうなのかも。悩みを抱えた似たもの同士ね。」
 二人が微笑むとリコも安心した様に遥の肩の上で丸くなる。遥も光もお互いにコンプレックスを持っている者同士、通じるものがあったようだ。
「ふっ。ありがとう。さすが、一色だ。俺にとって元気もらえる存在だな。一色に気まずい思いをさせるのも悪いし、元気にならなくちゃ。それから…。」
 遥の目を見ながら光が優しく言う。
「それから、一色は……俺の前では、肩の力を抜いて大丈夫だから。」
「う、うん。ありがとう。」
 光の言葉にドキッとした遥だったが、素直に感謝の言葉を言ったのだった。
 
 夜空には星が更に輝き始めていた。振り返ると、少し遠くに見える観覧車が電飾されてカラフルに夜空に浮かび上がっている。
「綺麗ですわ。リコはまた観覧車に乗ってみたいですの。」
「外から見る夜の観覧車も綺麗だけど、夜の観覧車の中から見る夜景も綺麗だから、また一緒に来ような、リコ?」
「はいですの。約束ですよ。」
 リコがご機嫌で光の周りを飛ぶ。遥も夜の浜辺や星空、そしてカラフルに電飾された観覧車にうっとりとしていた。
 
 
「そろそろ、帰ろうぜ。風も寒くなってきたし。」
「そうね。」
 遥達が帰ろうとした瞬間、光と遥の耳に着けていたディオール家の宝具の一つであるピアスが輝く。魔族の魔力を感知して知らせていた。リコが叫ぶ。
「遥様!何者かが来ますわ。ご注意くださいませ。」
「その様ね。魔界からわざわざ人間界へ来るなんて、何者かしら…。」
 光の側に遥が駆け寄って周りを見渡して警戒した。
「何者がくるんだ?この間のアルとかM.とかいう魔界の兵士か?それとも、キメラという怪獣みたいな奴か?」
 光が冷や汗をかきながら唾をゴクンと飲み込む。
 すると、突然、遥達の後方に魔法陣のゲートが現れ、すぐに男と、魔獣が数匹飛び出した。脱走したセルと魔獣だった。
 
「ちっ。思ったよりもさっきの戦いのダメージが大きかったから、体勢を立て直すまで魔界から人間界へ一時場所を移さざるを得なかったが…。おや?人間か?いや、一人は魔族?どうでもよい、お前、こいつらを処分しろ。私は先に行く。」
 そう命令して魔獣を1匹残し、すぐにセルと残りの魔獣は暗闇に消えた。
「な、何?あいつは。」
「遥様、気を付けてくださいませ。魔獣にしてはこの魔力…、何か強化されているように感じます。」

イラスト:hata_hataさん

 ゆっくりと狙いを定めて魔獣が雷属性の魔法攻撃をしかける。すぐに、遥が適応魔法を解除し、モードチェンジをしてデビルモードにモードチェンジをし、同時にロッドを取り出して氷の防御魔法で結界を張って雷を受け流した。
「危なかったわね。リコは佐伯君を守って。この魔獣一体ぐらいなら、あたしの魔法で封じ込めるわ。」
 遥がロッドを高く掲げて、攻撃呪文を唱えようとした時、再び、遥と光のピアスが輝く。すると魔獣のすぐ後ろに魔法陣のゲートが開き、J.が飛び出てくる。そして、瞬時に大鎌を横に振り払って魔獣を弾き飛ばした。光の目の前で大きな水しぶきを立てて海の中に落ちる。魔獣は気絶して、そのまま海の中に浮かんでいる。
「大丈夫か?お前達、怪我はないか?」
 魔獣が気絶したまま動かないことを確認して、遥達の側へJ.が歩いてくる。
「大丈夫。あなたは…、ジャンヌさんじゃないですか?ディオール家のハルカリです。」
「ディオール家のお嬢様でしたか。ご無事ですか?」
 J.と遥は武器をしまい、頭を下げる。
「はい、ジャンヌさんのおかげで。さっき、男と魔獣数匹が人間界へ来て、あっちの方へ消えていったわ。」
 遥がセル達が消えていった方向を指差すと、光がうなずく。
「奴はセルです。先ほど、脱走して、現在逃走中です。やはり、あいつは人間界へ来ていたのか。異世界をつなぐゲートの監視システムの異常報告が入ったので、念のために来たのだが…。」
 J.についてきた数人の魔界の兵士が魔法陣のゲートから出てきて、魔界への報告や魔獣を封印して魔界へ送り返す作業をしている。
 
「セルって、朱里を魔界へ奪還しに行った時に、魔界への反逆を企てていたセルをアルが暴いて捕まえたんでしょう?逃げられたの?」
「あぁ。奴は、研究者として優秀な奴だったから、魔法と道具に精通している。マッドサイエンティストで厄介な奴なんだ。アルやシーズ博士が新たに開発した結界を導入までして厳重な警戒態勢で警備していたのだが、まんまとやられた。私の力が足りないから…。」
 悔しそうに言うJ.に遥が言う。
「ジャンヌさんは頑張ってるよ、きっと。アルは兎も角、あの魔界で一番の研究者のシーズ博士が開発した結界で閉じ込めていても抜け出してしまう様な奴なんだから、あなたは充分にディアブロ様に尽くしているよ。」
「おかげで、僕らは助けられましたから。ありがとう。」
 遥かの後ろから、光がJ.へ声をかける。
「初めまして。人間の佐伯光と言います。一色遥さんや南龍助や麻宮朱里さんからお名前はお聞きしています。龍助の幼馴染なんで。」
「お前が人間界にいるという南龍助の仲間か。ディアブロ様から記憶置換をしないで良いと特例が出ているんだったな。」
 光が手を差し出したので、一瞬ためらうが、J.が握手をする。
「南龍助か…。そういえば彼もこの町の住民だったな。」
 風に吹かれながらJ.の髪も揺れ、小さな花のついた髪飾りも揺れた。
 
「J.様、宜しいでしょうか?」
「あぁ、分かった。ちょっと失礼します。」
 一人の兵士がJ.へ報告に来たので、彼女は遥達に頭を下げて兵士達の元へ行く。
「魔獣を搬送終わりました。ちょうど人間界は夜で暗く、人通りも少ない場所だったので、現在のところこの周辺では記憶置換が必要な該当者はおりません。魔獣ですが、何やら古代文明の魔法効果のある道具等で強化されていたようです。」
 デバイスに表示しながら、古文書や遺跡から掘り起こした道具等の資料と照合したデータをJ.に見せる。
「大昔に滅んだといわれる古代文明の道具とは…。それらは発掘された時には壊れていて使い方も分からなかったのではないのか?セルが独自で研究していたのか…。そうだ、ハルカリ様のおっしゃるには、あちらの方へセルと数匹の魔獣が消えたとのことだ。もう、セル達はどこかへ移動してしまったかもしれないが、至急、辺りを調べてくれ。何か奴らの行方についての手がかりがつかめるかもしれん。私も少し心当たりをあたってみる。」
「はっ!!」
 兵士達が敬礼をして、周辺に散る。光が珍しそうに彼らを眺めているが、J.が遥の所へ戻ってくると、光も戻ってくる。
 
「魔界の兵士達に周辺を捜索させています。私もセルの行きそうな場所を当たってみます。と、言っても人間界へ逃げ込まれると、捜索が更に困難になってしまいましたが。セルは危険なので、兵士一人にハルカリ様方のご自宅まで護衛させます。」
「いいえ、大丈夫よ。私達には、ディオール家の宝具のピアスがあるから。これを着けておくと、魔族から位置を察知しにくくなる効果もあるから。かえって、多人数で動く方が目立ってしまうし。」
 遥がピアスを見せると、光も同じようにJ.に見せる。
「そうですか。分かりました。お気を付けください。」
「ジャンヌさんも。無理しすぎないで。余計なことかもしれないけど、人間界にはR.がいるはずだから、彼にも応援をお願いしてみたら。クールでとっつきにくい感じだけど、ディアブロ様に忠誠を誓う正義感だけは筋金入りみたいだから。」
 遥の提案に、J.が少し曇った表情になる。
「R.か…。必要になったら、探してみます。」
「龍助と朱里達にも帰ったらメールか電話で連絡しておくから。家はお迎えだから、帰りによっても良いんだけど、人間界ではあまり夜遅くに家へ訪問するのはよくないみたいだから。詳しいことは、大臣の父に連絡を取ってみるわ。まぁ、魔界でも同じだけど。」
 遥が少し笑顔で話しかけると、J.も笑顔を取り戻して敬礼する。
「了解しました。お願いします。それでは!」
 
 
 遥達は、その日は、すぐに光が遥の家まで送っていき、その後、光も家へ帰宅した。
 J.達魔界の兵士は、引き続き人間界でセルの捜索を続けたが、その日は見つけることができなかったのだった。
 
 
to be continued...

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■Episode 002:

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■Episode 003:

♪:[nu.ku.mo.ri.]

■Episode 004:

♪:[real]

■Episode 005:

♪:[color]

■Episode 006:

♪:[my wings]

■Episode 007:

♪:[I'll be there soon.(すぐ行くよ)]

■Episode 008:

♪:[promise]

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■Episode 017:

♪:[ドキ×2]

■Episode 018:

♪:[let it go!!]

■Episode 019:

♪:[N]

■Episode 020:

♪:[tears in love]
♪:[destiny]

■Episode 021:

♪:[Touch to your heart!]
♪:[you and me]

■Episode 022:

♪:[Happy Happy Love]

■Episode 023:

♪:[INFINITY]

■Episode 024:

♪:[さぁ、行くよ! \(@^▽^@)/♪]

■Episode 025:

♪:[pain]

イラスト:hata_hataさん

:シナリオ公開中
:シナリオ公開予定
:シナリオ執筆中
:シナリオ執筆予定

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[interrupt feat.神威がくぽ] shin


音楽配信:VOCALOTRACKS
VOCALOTRACKS様にてがくっぽいど曲1曲iTunesほか各配信サイトへ2018年11月21日配信開始!!『がくっぽいど(神威がくぽ) 10th Anniversary オリジナル楽曲』
(楽曲:shin イラスト:hata_hata様)

 

[above feat.神威がくぽ] shin


[HEAVENLY feat.神威がくぽ] shin 


[initiative feat.神威がくぽ] shin 


[Breaker feat.神威がくぽ] shin


[Come on! feat.神威がくぽ] shin


[departure feat.神威がくぽ] shin


[Lock on feat.神威がくぽ] shin


[monologue feat.神威がくぽ] shin


[reduction feat.神威がくぽ] shin


[voice feat.神威がくぽ] shin


音楽配信:VOCALOTRACKS
VOCALOTRACKS様にてがくっぽいど曲をiTunesやAmazonほかを含む全 配信サイトにて一般配信中!!『がくっぽいど(神威がくぽ) Anniversary オリジナル楽曲』
(楽曲:shin イラスト:hata_hata様)

CIRCLE[shin entertainment]

一色遥(デビルモード)

イラスト:hata_hataさん