Episode 021
海へ出かけよう!(後編)
music:[you and me]
前回までの『L.D.C.』
海に遊びに来た龍助達は、海で遊んで夏を満喫する。ランチには遥や恵達の用意したご馳走をみんなで楽しく食べたのだった。ランチタイムの後には、これから罰ゲームのスイカ割りの時間が訪れる。
また、遠くから由依を見つめるある人影があった...。
光が朱里達の用意したランチの後で、みんなで片づけをしながら言う。
イラスト:hata_hataさん
由依が無邪気に両手を挙げて喜ぶ。遥によって適応魔法の応用をかけてもらって、周りの人間の期間限定的な記憶置換により自由に動いても良いリラも片づけを手伝う手を止めて、由依の真似をする。
「ゆ、由依ちゃん…。わい、ちょっと用事を思い出したから帰るわ…。」
裕二がそわそわしてゆっくりと後ずさりする。
「はいはい、スイカ割りが終わってからね。」
千夏と実が、逃げようとした裕二の両腕を掴む。
「諦めなさい。食い逃げはダメ。」
「男は潔さが大切ですよ。裕二先輩。」
右手でメガネを抑えつつ、クールに武司が言う。
「はぁ…。もっと、年上の人とスイカを労わろうよ。君達、幼稚園で習わなかった?食べ物を粗末にしちゃいかん、って。」
千夏が裕二の話を遮る様に、飲み物と一緒に氷水で冷やしているスイカを指差して言う。
「はいはい、割った後にはスイカを送ってくれた叔母さんに感謝してみんなで美味しく頂きます。スイカの方は。そのために冷たく冷やしておいたんだから。」
「君達のは『いたわろう』は『労わろう』じゃなくて、『痛い』に『割る』の間違いじゃないのか…?」
ため息をついている裕二を見て龍助がみんなに話しかける。
「ねぇ、もう一回、ジャンケンして決めようよ。」
「そうですね。裕二さんの荷物が多かったのでフェアじゃないですし。女性陣には美味しい料理を用意していただいたので、男子だけでジャンケンして二人選出っていうのはどうでしょうか?」
龍助の話を聞いた武司が更に提案。
「だったら、あたいはフルーツポンチを用意したし、女性陣の方で。」
片づけ中にちょうど男性陣と女性陣が分かれていたので、女性側に実が寄ろうとすると裕二が腕を掴む。裕二がにんまりしながら言う。
「実、お前もジャンケン組みや。悪いな。」
「じゃぁ、手っ取り早くジャンケンしよう。」
実が渋々ジャンケンの輪に入る。腕まくりのふりをしてジャンケンの真剣勝負になる。
「いくぞ!最初はグー!ジャンケン、ぽい!」
力強くジャンケンの手を差し出す。実,光,武司,リラがパー。そして、龍助と裕二がグーだった。光達がほっとしながら言う。
「一発で撃沈とは、裕二先輩もそうとう罰ゲーム向きな人だな。龍助、お前も昔っからジャンケン弱いもんな。ジャンケンだけはお前に負ける気がしないぜ。」
「とほほ…。運命を変えることは出来へんのか…。助け舟を出してくれた龍助まで道ずれにしてしまったし…。これがホントの『グーの音も出ない』って感じやな…。」
「あら、ちょっぴり使い方が違う気もするけど、上手くまとめたわね。裕二先輩に座布団一枚って感じ?」
がっくり肩を落とし諦めた様子で座り込んだ裕二の横で実が感心する。
イラスト:hata_hataさん
頭をかきながら龍助が苦笑いする。武司が龍助を見て呆れながら指摘する。
「君はジャンケンする前に力が入って拳を握ってしまいグーを出し易いクチじゃないのか?」
リラが肩に停まって龍助にジャンケンのレクチャーをする。
「しょうがない、オイラがジャンケンのとっておきのコツを教えてやるぞ。」
その姿を見ながら、にっこりと笑った朱里は光に言う。
「後は、こっちのランチの片付けは私達がしておくから、光君たちはそっちの準備をしてね。」
朱里が光に言って、光達達がスイカを持って砂浜へ繰り出す。
最初は、裕二がスイカの側に顔だけ出して砂にうずまった。由依が先ほどリラにしたように砂で裕二の身体を最近見たテレビアニメの女の子のヒーロの様な感じに変身させてみんなが大笑いする。
準備が出来ると近くで拾ってきた木の棒を持った千夏が目隠しをして、朱里達に何度か回転させられてからスイカを目指す。
「もうちょい、左。」
「後、もう50cm前かな。」
千夏にアドバイスの声が龍助達から飛ぶ。棒を構えた千夏が深呼吸をしてから、力強く振り下ろす。裕二は目を瞑ったまま祈る。
「えーい!!!」
しかし、風を切った棒は、裕二の頭とスイカのちょうど間の砂浜をヒットした。
「おおおお、お前、本気で振り下ろしてなかったか!!」
「だって、スイカが割れないじゃない?」
驚く裕二に千夏が残念そうに選手交代する。遥,武司,恵,実と失敗に終わる。どうやら、裕二は無事、罰ゲームを終了。そして、龍助が交代で砂にうずまる。
「お手柔らかにお願いします。」
龍助の身体は由依の土遊びによって、ドラゴンの様な翼と尻尾を付けた姿になった。
「なかなか芸術的?おいらも、いずれこういう尻尾と翼を持った偉大なドラゴンになるぞ。」
「さっきの、リラのビキニ姿への変身じゃなくて良かった。」
龍助がリラを見ながら呟くと、朱里と遥が微笑む。
「さて、スイカ割りをしていないのは、朱里,由依ちゃん,リラ,リコ,俺か。リラとリコは割るのは難しいかもしれないけど形だけ。一緒に棒を持てばなんとかなりそう?」
光がリラとリコに尋ねる。
イラスト:hata_hataさん
「おう。由依ちゃんには悪いけど、スイカはオイラとリコが割るぞ。」
遥と朱里にリコとリラがハンカチで目隠しをしてもらい、棒を一緒に持ったままくるくると回してもらってから、よたよたと飛びスイカの近くに飛ぶ。
「うん、なんだか目が回ってよく分からんが、この辺かな?行くぞ!」
「ごめんなさい、龍助様!」
しかし、龍助のすぐ横の砂浜にヒット。
「ちぇっ。失敗か。ぜんぜん違うところだな。次は朱里な。」
リラが朱里に棒を渡す。朱里が目隠しをして遥がくるくると回すと棒を構える。
「もし当たったらごめんね。龍助君。」
「スイカに当たることを願ってる。」
龍助が苦笑いする。スイカの近くまでみんなの声の誘導で来る。
「あと、もうすこしまえ。」
由依の声に朱里が一歩前に出ようとした時に、砂で由依が作ったドラゴンの尻尾に朱里が躓いた。そして、龍助の上に倒れこむ。
「きゃあ!!」
「うわぁ!!」
朱里と龍助が驚く。龍助の顔の上に朱里の胸の辺りが当たっていて、慌てて朱里が離れる。龍助は砂の中で身動きがとれず、真っ赤になったままだった。目隠しを取って朱里が龍助に謝る。
「ご、ごめんなさい。大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫。」
二人が赤くなっていると、裕二がうらやましそうに言う。
「こんなハプニングやったら、わいもスイカ割りが大好きになりそうや。痛い。」
千夏に耳を引っ張られた裕二が大人しくなる。
「りゅうすけよかったね。でも、そろそろゆいがすいかをわるよ。りら、みててね。」
朱里の次に由依が目隠しをして棒を振り下ろす。コツンと音がする。しかし、龍助の頭の上だった。
「痛いよ、由依ちゃん。」
たんこぶを作った龍助が由依に言う。
「あれ、おかしいなぁ。すいかのはずなんだけど。」
由依が目隠しを外して、スイカを見る。
「たんこぶを冷やすために朱里、氷で冷やしてやってくれ。龍助の代わりに、実、お前が交代な。」
「え、なんで、あたいが。」
強引に三人目の罰ゲームに実が指名される。そして、光が目隠しをして棒を持って武司にくるくる回してもらってから構える。
「光様、痛いのは嫌。」
「大丈夫、スイカを粉々にしないように手加減して割るから。任しておけ!行くぜー!!!」
怯える実が叫ぶ。
「ギャー!!!」
両手で思いっきり振り下ろした棒は、見事スイカにヒットする。
「すごい!」
みんなが光の周りに集まる。割れたスイカの破片が少し飛び散って、実の顔がスイカの破片で赤くなっていた。
「違う意味でお前の顔がギャーだな。」
裕二が実の側に寄って笑う。
イラスト:hata_hataさん
「はやく、じゅりいくよ~!」
「由依ちゃんが呼んでいますの。行きましょう。朱里様。」
リコが朱里に声をかける。朱里が恵達に荷物を預けて、駆け出す。
「うん、今、行く!」
浜辺で龍助が由依を肩車している。いたずらっ子の由依は水が苦手で逃げようとするリラの尻尾を持ってニコニコとしている。龍助は、リラのことを思ってちょっぴり苦笑いしていた。
遥達は、光に教えてもらいながら海の家でレンタルしたボディーボードを楽しんでいた。しかし、すぐに裕二の足がつったため千夏が裕二を連れて武司達が荷物の番をしている木陰へ戻るために歩いていた。
「まったく。せっかくの海で、あんたが足つるなんて。」
足を少し引きずりながら、裕二が千夏の後ろを歩く。
「せっかく、カッコええところを千夏にも見せたかったのにな。」
「え?」
裕二の言葉に思わず千夏が振り返る。
「あ、なんでもない。わいの独り言や。」
「そ、そう…。まぁ、しょうがないわね。あたしぐらいしか、あんたの様なのの面倒を見れる子はいなし。ありがたいと思いなさい。」
少しうれしそうにしながら千夏が裕二を見て二人で歩いていた。
その頃、光と遥はボディーボードで海を満喫して、少し浅瀬で休憩していた。
「佐伯君は、運動神経が良くてうらやましい。」
「そうか?一色も運動神経いいじゃないか。ラクロス部でもレギュラーだろ?勉強だって、学年でトップクラスだし。それに、人間の俺には使えない魔法も使えるし。うらやましいことだらけだ。時々、うらやましいが跳び越えて嫉妬してしまうよ。情けないけど。」
光が水平線の方を見ながら苦笑いをする。遥がそれを聞いてフォローする。
「魔法が使えるのは、あたしが魔族だからでしょう?朱里もそうだし。龍助は、たまたまリラをre-writeできたみたいだけど…。」
「違うんだ。なんで、俺も魔族に生まれなかったんだろう、って思う。そうすれば、俺がみんなを守ってやれるし、一色だって守ってやれるだろう?でも、どれだけ願っても俺は人間なんだ…。守ってやるどころか、足手まといになってしまう。」
「佐伯君…。」
どう励ましてよいのか戸惑いながら遥が光を見つめた。しばらく二人は膝元に揺れる波を感じながら沈黙していた。カモメが数羽浜辺へ向かって飛んでいくのを眺め、光が背伸びをして遥に話す。
「でも、今日は、みんなで海に遊びに来れて良かった。最近、色々とむしゃくしゃすることが多くて、一人で考え事をしているとグルグル考えが回って混乱してて。海で発散できたよ。それに、なんだか一色に聞いてもらえて、少しかっこ悪いけどうれしかった。」
「そんなことないよ。あたしだって色々むしゃくしゃすることがあるわよ。あたしだったら、いつでも聞くだけだったら聞けるよ。友達じゃない?」
イラスト:hata_hataさん
「そうだな。ありがとう。俺も、一色がむしゃくしゃした時は話を聞くよ。友達だし。」
少し気まずかった空気も、頭上の青空の様に晴れ、爽やかな波の音を聞きながら自然を感じる。
「そうだ。今度、一緒にショッピングにでも行かないか?俺が街を案内するよ。お洒落なスポットも調べておくから。」
「う、うん。考えておくわ…。」
光の提案に少しドキドキしながら遥がもじもじ答える。光も少し照れくさそうに言う。
「約束だぜ。リコも一緒で。」
「そ、そうね。リコも一緒で。」
再び二人は微笑んで、浜辺に置いておいたボディーボードでまた海を楽しんだのだった。
朱里と龍助が50cmほど横に離れて海岸線に沿って砂浜を歩いていた。少し前には、リラとリコが小さな翼でパタパタと羽ばたきながら飛び、それを追いかけるようにして由依がキャッキャッとうれしそうに飛び跳ねながら駆け回っていた。
武司達が荷物番をしている木陰からちょうど600mほど歩いていた。すると、少し先に岬が見える。
「あそこへいこうよ。ねぇ、じゅりとりゅうすけもあとからきてね。さきにいってまってるから。りらとりこは、ゆいときょうそうだよ!よーい、どん!」
「おいらも負けないぞ!」
由依が岬の方へ、ちょこちょこと駆けて行く。リラが由依の後ろをゆらゆら飛んでいく。リコが一旦、朱里の前に戻って来る。
「朱里様、私とリラで由依ちゃんの危険が無い様に気を付けますからご安心を。」
「お願いね、リコちゃん。」
朱里がリコの頭をなぜてあげながら言うと、龍助もリコにお願いする。
「リラの面倒も見てあげて。迷子にならないように。僕達もそっちへ向かうから。」
「分かりました、龍助様。」
そう言うと、リコは由依とリラを追って飛んでいく。
由依達が、岬のところへ着くと、女性の綺麗な歌声が聞こえてきた。
「風が髪を揺らす あれから少し前髪もまた伸びた
前に進みたくて 「何か」を変えたくて
「なりたい自分」を探して さぁ 勇気だそう」
由依が急に立ち止まった。すると後ろを飛んでいたリラがぶつかりそうになったので、避けたのだがバランスを崩して砂浜に頭から突っ込む。由依は気にせずに歌に耳を傾けていた。
「広がる世界へと跳びだそうよ 自分らしく
体中感じて 煌く夢のカケラを
青空の下で日差しを浴びて 輝こう」
その歌に引き寄せられるようにして、由依がゆっくりと歩いてその歌のする方へ行く。そこには、美しい女性がそよ風を受けながら優しく歌っていたのだった。
由依が近くに来たのを感じて、女性は歌を歌いながら振り返る。由依がにっこりすると、女性も微笑んだ。しかし、その表情には、どこか寂しげであった。
「あなたは覚えてる? あの約束を
私は覚えてるよ...
それぞれの描いた夢を叶える為
別々の道を進もうと決めたよね
果てしない未来へ駆け出そうよ 自分らしく
いつもあなたのこと この胸に感じてるよ
心の翼を大きく広げ 飛び立とう」
その女性は歌の2コーラス(2番)まで歌うと、由依の目線に合わせるようにしゃがんで話しかけた。
「こんにちは。お嬢ちゃん。かわいいわね。」
「こんにちは。わたし、ゆいだよ。うたじょうずだね。じゅりもじょうずだけど、おねえさんもやさしいうただった。」
由依は、その女性に見つめられて、なんだか人見知りの様な恥ずかしさを感じながらも応えた。
「ありがとう。お名前は由依ちゃんっていうの。お名前も可愛いわね。私はクラシスっていうの。由依ちゃんはお歌が好き?」
歌のことを聞かれて、由依が目をキラキラさせて両手を広げながら言う。
「すきだよ。うたはこころがきらきらする。それにわくわくする。ゆいはたのしいのすき。だれかがかなしいのはいや。みんなでうたをうたうと、きっと、も~っとしあわせになるよ。」
クラシスと名乗った女性は由依の話を聞きながら何度もうなずく。そして、由依に尋ねた。
「そうね。由依ちゃんの言う通りかも。私も誰かが悲しいのは寂しい。由依ちゃんは、今幸せかしら?寂しくない?」
「うん。しあわせ。ほんとうのぱぱやままはいないけど…、ゆいはさみしくないよ。じゅりも、りゅうすけも、はるかおねえちゃんも、みんなかぞくのようにやさしいから…。」
少し由依の表情が曇るが、小さいながらに精一杯心配をかけないように笑顔で言う。
「そう。あなたが幸せで良かったわ。素敵な家族に見守られているのね。」
由依とクラシスが話している間に、リコが後から追いつき、砂にリラを引き抜くのを手伝う。
「リラ、大丈夫ですか?」
「ぷっふぁー。やっと抜け出た。朱里を取り戻しに魔界へ行った時も砂に埋もれたけど、今度は砂浜で同じ目に合うとは。リコ、ありがとうな。」
リラは口に入った砂がざらざらするのを気にしながらリコにお礼をいう。
「いいえ、どう致しまして。無事で何よりですの。」
「そういえば、由依ちゃんは?由依ちゃんが急に立ち止まったから、避けたらこの有様だった。」
リラが首を振って、辺りを見るが由依がいないのでリコに尋ねる。
「この先にある岬ですわ。幼い由依ちゃんを一人にすると危ないですから、私達も急ぎましょう。」
「おう。」
二匹の小さなドラゴンが小さな翼でパタパタ飛んで由依のいる岬の端へ辿り着く。そこには、クラシスと由依が一緒に歌っている。
「少しずつでも良い あなたも頑張って
私も頑張っているから 進もうよ 夢描こう!」
イラスト:hata_hataさん
「広がる世界へと跳びだそうよ 自分らしく
体中感じて 煌く夢のカケラを
青空の下で日差しを浴びて 輝こう
果てしない未来へ駆け出そうよ 自分らしく
いつもあなたのこと この胸に感じてるよ
心の翼を大きく広げ 飛び立とう
光り輝こう 夢に向って
you and me...」
由依とクラシスと歌い終わると、朱里の宝具『L'aile du coeur(心の翼)』にspring greenのクリスタルが輝いた。
「え?この歌もEspoirなの?確か、以前CDを聴いたことがあった。たしか…[you and me]だったわ。」
「海にぴったりな爽やかな曲だよね。この曲もクリスタルになったけど、歌わなくてもクリスタルになることもあるんだね。不思議だ。」
『L.D.C.』を見つめながら龍助が呟く。
「あら?あなた方が、由依ちゃんの家族かしら?」
朱里達に気が付いたクラシスが髪に手を触れながら振り返って軽く会釈した。朱里達も慌てて会釈する。ふと、先ほど朱里達がアイスを買いに行った時に海の家のテラスから由依を見つめていた女性がいたことを思い出し、それがクラシスだった気がした。
「あ、じゅりだ!ゆいがいちばんだったんだよ。」
由依が立ち上がってぴょこぴょこ跳びながら朱里達に手を振る。
「ちぇっ。あともう少しで、おいらが一番だったのになぁ。」
リラが頭をかきながら朱里の肩に停まって言うと、リコが微笑む。
「由依ちゃんがお世話になりました。ありがとうございます。歌がとても綺麗だったので、私達もうっとりして聞いていたらお礼が遅くなってしまって。」
「いいえ。こちらこそ、由依ちゃんと一緒に歌えてとてもうれしかったですわ。由依ちゃんが側にいると温かい気持ちに包まれる感じで。」
「ゆいもくらしすさんとうたがうたえてたのしかったよ。」
由依もうれしそうに鼻歌を口ずさみながら朱里の足に抱きついて甘えながら言う。
「そう。ありがとう。素敵な一時が過ごせたわ。そろそろ私は帰らないと。私の方も迎えが来たようですの。」
「え?」
クラシスの視線の先が龍助達の後ろに向いたので、龍助達が振り返るとそこには一人の男性が膝を着いて控えていた。いつからいたのか分からなかったが、まるで遥の家で見た執事のようであった。
「ミストス、すぐ参ります。」
「申し訳ございません。お時間ですので。」
クラシスは頭に飾っていた一輪の花を手にとって、由依の頭に飾ってあげる。
「ありがとう、由依ちゃん。皆様、それではまた。ごきげんよう。」
「ありがとう。またね!」
由依がちょこんとお礼をすると、朱里達も一緒に頭を下げる。
朱里は由依を見るクラシスの目の中に少し寂しげな表情を感じた。ミストスと呼ばれた執事らしい男性は、クラシスが歩いてくると立ち上がって後ろに続いていた。
「綺麗な人だったね。歌も上手だったし。思わず聞き入っちゃったよ。」
クラシスとミストスが見えなくなってから少し緊張気味の龍助がほっと口にする。
「あら、龍助様はクラシス様の様な大人の女性がお好みなのでしょうか?」
リコが龍助に訪ねると、朱里が龍助の顔を見る。
「そ、そうなの?龍助君?大人の感じが良いの?」
「え?あ、いや、僕の好みとかそういうのは置いといて、とても綺麗な女性だったし、歌も上手だったでしょう?」
真っ赤になって慌てて龍助が答える。すると、由依が龍助の手を引っ張りながら尋ねる。
「りゅうすけは、じゅりと、ゆいと、りこと、はるかおねえちゃんのだれがすき?」
「え…。みんな好きだよ。由依ちゃんもみんなを好きだろう?」
リコ達の視線を気にしつつ、由依に答えて、由依を肩車にする。いろんなことがあったのもあり、「本当は朱里のことが一番好きだ」と言えなかった。リコや朱里が少しがっかりする。由依が龍助の頭をポンポンと叩いた後で優しく抱きしめた。
「な~んだ。つまんないこたえ。でも、ゆいもみんなすきだよ。ゆいにはぱぱやままがいないけど、りゅうすけがぱぱみたいなものだし、じゅりがままみたいだし。」
それを聞いていたリラがリコと一緒にパタパタと小さな翼で飛びながら言う。
「じゃぁ、おいらはお兄ちゃんだな。」
「う~ん。おとうとかも。」
少し考え込んで、由依がリラに言うと、リラが胸を張って否定する。
「いや、生まれたのはおいらの方が先だから、お兄ちゃんだ!」
「ちょっぴり頼りないですが、リラは由依ちゃん思いのお兄ちゃんですわね。」
リコがリラをフォローしてやると、リラが照れくさそうにする。
「私達にとって、由依ちゃんは大切な家族だからね。忘れないでね。いつも私達がいるから。」
朱里が由依に優しく言うと、リラ達も由依を見つめる。由依は、小さくうなずいてこう言った。
「うん。忘れないよ。」
その時、『L.D.C.』が輝き、中から声が聞こえてきたのだった。
「…朱里。聞こえますか?…。」
以前、朱里が魔界に連れ戻された時に、何度かラジオやトランシーバーの様な感じで声がして、朱里を励ましてくれたことがあった。しかし、その後、連絡が取れなくなってしまい、久々に声がしたのだった。
「こ、こんにちは。聞こえます。私です。朱里です。そちらは聞こえますか?」
「…え、…えぇ。無事に人間界に戻れたのですね。良かった。あなたにとって信じる道を支えてくれる仲間が増えたのですね…。」
『L.D.C.』から聞こえてくる優しい声の主が朱里に話しかける。龍助達も朱里の側によって『L.D.C.』を見つめる。時々のノイズが混じって聞き取りにくくなるが真剣に耳を傾ける。
「はい。大切な仲間が一緒に。魔界のディアブロ王も了承してくださって、今は人間界です。最近、ご連絡が取れなかったのですが、お元気でしたか?」
「…色々事情があって、なかなか連絡が出来ないの…。でも、少しずつ『L.D.C.』も進化しているようだし、私もあなたを応援しているわ…。」
『L.D.C.』の中から聞こえる声が朱里に応えた。
「ありがとう。あの…『L.D.C.』の進化って、魔界でフォームチェンジしたこと?それともクリスタルが増えていくこと?」
しかし、朱里が質問をしようとした時に一段とノイズが激しくなってくる。
「…いけない…また時間が無くなってきたようだわ…。これから、異世界……謎の者が……。」
「え?何?聞こえないわ。『L.D.C.』について聞きたいことがあるの!」
もう『L.D.C.』からはノイズさえ音がしなくなり、輝きも徐々に元に戻っていった。
「残念だけど。どうやら、連絡できなくなってしまったようだね。『異世界……謎の者が……。』って音が途切れちゃったけど、何を伝えたかったのだろう。麻宮さんから話には聞いていたけど、『L.D.C.』で連絡が出来るんだね。また連絡が来るのを待とう。元気出して。」
がっかりしている朱里を見つめながら龍助が声をかけた。由依も朱里の手を握って心配そうに言う。
「きっとくるよ。よいこにしていたら。」
「由依ちゃん…ありがとう。龍助君達もありがとう。そうね。良い子にしていないと。」
ちょっぴり舌を出して、朱里が元気を取り戻す。リラがほっとして朱里の肩から龍助の頭の上に飛び乗る。
「なぁ、おいら腹減ったぞ。」
「さっき、食べたばかりじゃない?本当にリラは食いしん坊ね。」
朱里がリラに呆れたふりをする。でも、それがリラなりに考えた精一杯の励まし方と分かっていたのでうれしかった。
「そうだ。じゃぁ、海の家でおでんでもつまもうか。暑いけど、熱いおでんも小腹にちょうど良いし。お小遣いはもう少し残っているから僕からご馳走するよ。」
龍助が頭上のリラに提案をする。リラが目の色を輝かせてちょっと興奮気味に迷う。
「お、おでん!からし抜きが良いぞ。ちくわ!あ、はんぺんかな?うううう、ダイエットのためにこんにゃくか…。」
「ゆいも!ゆいはね、たまご!」
リコが由依の側にそっと飛んできて振り返り、龍助達に言う。
「じゃぁ、おでんを買って戻りましょう。そろそろ小島様や松本様と荷物の番を交代しないといけませんし。」
「そうだね。さすが、リコはしっかりしていている。武君が進んで荷物番してくれているけど、彼らにも夏を満喫してもらいたいもんね。麻宮さん、行こうか?」
「うん。」
龍助達は、岬を少し眺めてから、武司達が待つ場所へ戻る途中でおでんを買って帰ったのだった。
荷物の番で浜辺に残っていた武司達は交代で海を泳いで遊んでいた。武司が持ってきたノートパソコンを出して、音楽を流す。海から戻ってきた実が武司に声をかける。
「あんた、こんなところまでパソコンを持ってくるなんて、よっぽどパソコンが無いと生きていけない性分なのね。」
すると、武司があっさり答える。
「そんなことないさ。」
「え、そうなの?でも、こんなところまで来てパソコンを触っていなくても良いじゃない?」
恵からジュースを注いでもらってから、実が武司のパソコン画面を覗くと、音楽ソフトで音楽を制作していたのだった。
「これは、龍助君と同じ音楽ソフトじゃない?D.A.W.っていうんだっけ?作曲してるの?」
「メモだよ。せっかく、海に来たんだから、インスピレーションが沸いたらメモを取っておくのさ。携帯電話のサウンドレコーダー機能や自宅の留守番電話機能に吹き込んでおいても良いんだけど。君はこの海へ来て何か体で感じるリズムがなかったのかい?君も普段からドラムで音楽を楽しんでいるんだから。」
武司に言われて、ドラマーの実がうろたえながら考える。
「え、そ、そうね。なんだか、アップテンポなビートかしら。暑い夏を感じる。」
「8ビートでこんな感じはどう?」
武司が簡単にリズムを打ち込んで流す。感心しながら、実と恵が聞いている。
「そうね。そんな感じかも。それにしても、持ち運びできるとシチュエーションに合わせて作曲できるとは、便利かも。最近のパソコンって、インターネットとゲームだけじゃないのね?」
「…まるで写真を撮るみたいだね…。その時の気持ちの…。」
恵が小さな声で言うと、武司がうなずく。
「恵ちゃんがいう様な感じかも。瞬間の気持ちのメロディーを撮る感じ。モバイル環境であれば、いろんなところでそれが出来るんだ。」
光と遥も戻ってくる。光が見回しながら実に尋ねる。
「あれ?裕二さんは?さっき足がつってこっちへ引き返したんだと思ったんだけど。」
「千夏が裕二先輩のためにシップを買いに行くって言ったら、先輩も足を引きずりながら付いていったよ。大人しくしていれば治るのにね。なんだかんだ言っても、あの二人はお似合いなのかも。」
ニヤニヤしながら実が言う。
「で、何やってたんだ?お前達は?武司は音楽か?デジタルの世界はすげぇな。ホント。俺もアコギを持ってきてたんだった。アナログ的だけど何かみんなで歌でも歌えればと思って。おかげで荷物が増えちゃたけどね。」
ゆっくりアコースティックギターを取り出す。
「あたいも、部室からドラムを持って来ればよかった。でも、ドラムは沢山部品があって重いからあたい一人では無理ね…。まぁ、手拍子でもリズムを取れるし。」
一人で盛り上がっている実を他所に光がギターの弦を簡単に調律する。武司がギターを少し離れたところから見ていた。
「あのさ、…今度、俺も遊びに行っても良いかな?軽音楽部に。実と龍助だけでなく、武司も時々顔を出しているんだろう?俺も…うわっ!」
実が更にヒートアップして光の前に飛び出る。
「光様が!!是非、部長のこのあたいがエスコートします!」
「いや、場所分かってるし、お前のエスコートまで入らないよ。暑苦しいから。もうちょっと離れて…。」
ギターを弾きながら、光が苦笑いする。武司のノートパソコンのリズムに合わせてギターでコードを引くと、実が手拍子で飽き足らず、スイカ割りで使った棒を二つに割ってジュースの缶を叩いてパーカッションにする。
数分、夏の海を見ながらみんなで簡単な演奏を楽しんでいると、龍助達が戻ってきた。
「お~、何?光も部員になるの?なんかバンドっぽくなってきたし。」
朱里がおでんのお土産を武司と恵と実に渡していると、龍助が光の側に来て言う。
「いや、俺も武司の様にちょっと龍助達の音楽を見てみたいなぁ、って思って。バンドというよりもチンドンヤかもしれないけど。実のはカンカン言ってるし。あ、由依ちゃんまで。」
おでんを食べ終わった由依が実の持っていた棒を一つ借りて、真似をしてカンカカンとリズムを取る。
「本当!光も遊びに来る?武司君も今度の水曜日に練習する予定だから、光も予定が無かったらギター持ってきなよ。」
「了解!先ほど実部長から許可が出たから。よろしくな。」
遥がそれを聞いていてふと思い出す。
「今度の水曜日って、ラクロス部はお休みじゃない?顧問の稲葉先生が出張で。」
朱里がうれしそうに言う。
「たしかそうね。だったら、私達も放課後遊びに行こうよ。恵ちゃんも良いよね?」
「……うん。」
恵が武司の方を見て、武司がうなずくとうれしそうにうなずいた。
「まぁ、恵はピアノも弾けるお嬢様だし。みんなで、練習しましょう。練習前には、ちゃんと筋力トレーニングも。」
実が張り切って言うと、すぐに光が漫才のコンビの様に横槍をいれた。
「それは、龍助とお前二人でやれ。」
「え~。なんかつまんな~い~。」
実ががっかりしながら女子高生が言う様なイントネーションで言うが、光が突っ込みを入れるように言う。
「お前がいくら可愛く言っても、気持ち悪いから。由依ちゃんが言うと可愛いけど。」
「ゆいはつまんなくないよ。かんかん、たのしい。」
缶を叩きながらリラを追いかけて走り回っていた。龍助達はみんなが知っている歌を何曲か歌って、光達が演奏をしながら夏の海で音楽を楽しんだのだった。
夕日が沈みかけて辺りがオレンジ色になった頃、朱里達は帰り支度をして浜辺を歩いてた。そして、その美しい景色を眺めながら朱里と遥は偶然同じ歌の歌詞を思い出していた。それは、[Touch to your heart!]だった。
「Touch to your heart!
青い海で 思い出作りたいね
Touch to your heart!
来年もみんなで一緒に 来よう
あなたと一緒に きっと...」
- 世界
- 属性
- 魔方陣
- 情報
- 宝具[L.D.C.]
- Espoir01
- Espoir02
- Espoir03
- Espoir04
- Espoir05
- Espoir06
■Episode 001:
♪:[blue]
■Episode 002:
♪:[light pink -I love you.-]
■Episode 003:
♪:[nu.ku.mo.ri.]
■Episode 004:
♪:[real]
■Episode 005:
♪:[color]
■Episode 006:
♪:[my wings]
■Episode 007:
♪:[I'll be there soon.(すぐ行くよ)]
■Episode 008:
♪:[promise]
■Episode 009:
♪:[Dancing in the night!]
■Episode 010:
♪:[月影の唄]
■Episode 011:
♪:[Burning Love]
■Episode 012:
♪:[ETERNITY]
■Episode 013:
♪:[ときめき]
■Episode 014:
♪:[flower's song]
■Episode 015:
♪:[baby baby]
■Episode 016:
♪:[your breath]
■Episode 017:
♪:[ドキ×2]
■Episode 018:
♪:[let it go!!]
■Episode 019:
♪:[N]
■Episode 020:
♪:[tears in love]
♪:[destiny]
■Episode 021:
♪:[Touch to your heart!]
♪:[you and me]
■Episode 022:
♪:[Happy Happy Love]
■Episode 023:
♪:[INFINITY]
■Episode 024:
♪:[さぁ、行くよ! \(@^▽^@)/♪]
■Episode 025:
♪:[pain]
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[interrupt feat.神威がくぽ] shin
音楽配信:VOCALOTRACKS
VOCALOTRACKS様にてがくっぽいど曲1曲iTunesほか各配信サイトへ2018年11月21日配信開始!!『がくっぽいど(神威がくぽ) 10th Anniversary オリジナル楽曲』
(楽曲:shin イラスト:hata_hata様)
[above feat.神威がくぽ] shin
[HEAVENLY feat.神威がくぽ] shin
[initiative feat.神威がくぽ] shin
[Breaker feat.神威がくぽ] shin
[Come on! feat.神威がくぽ] shin
[departure feat.神威がくぽ] shin
[Lock on feat.神威がくぽ] shin
[monologue feat.神威がくぽ] shin
[reduction feat.神威がくぽ] shin
[voice feat.神威がくぽ] shin
音楽配信:VOCALOTRACKS
VOCALOTRACKS様にてがくっぽいど曲をiTunesやAmazonほかを含む全 配信サイトにて一般配信中!!『がくっぽいど(神威がくぽ) Anniversary オリジナル楽曲』
(楽曲:shin イラスト:hata_hata様)
リラ(フォームチェンジ時:剣一本ver.)
イラスト:hata_hataさん