Episode 007
忍び寄る別れ
music:[I'll be there soon.(すぐ行くよ)]
前回までの『L.D.C.』
涼は『L.D.C.』の研究によって可能になったbreak throughで彼の武器をパワーアップさせて戦ったが、龍助がそばで見守っていてくれるという安心感でデビルモードになった朱里は以前の様に暴走をせず、圧倒していた。
しかし、不意に朱里が剣を弾き飛ばされ危機になると、龍助はリラと主従関係の契約を結びre-writeする。龍助は戦う力を得たものの戦闘経験の差で涼にあっさりと倒される。
その後、朱里が胸元の『L.D.C.』の力を呼び覚まし、『L.D.C.』をロッドにフォームチェンジして、"Espoir"の力を使った魔法攻撃により涼を魔界へ追い返すことが出来た。だが、リラは人間の龍助と主従関係の契約を結んでしまったことを悩み、朱里は、龍助や遥を危険に巻き込んでしまった上に『L.D.C.』の力が魔力を抑えて人間になれないのではないかと、悩んだ。
そんな朱里を励ますために、龍助がリラからある作戦を受けるのだが...。
なんとか、朱里と龍助によって、涼を追い返すことが出来た。
しかし、朱里は人間になりたいという自分の夢をかなえるために人間界へ来たことによって、龍助や遥を巻き込み、傷つけたり、そして龍助たちのクラスメートである、光,実,千夏,恵,裕二,武司まで危険が迫るのではないかと、あらためて夢の実現に伴うリスクに悩んでいた。
「自分の夢をかなえるために、誰かを傷つけるぐらいであれば、一層、あきらめてしまった方が良いのではないか…。」と。
そして、「そもそも、『L.D.C.』にEspoirを集めてクリスタルが増えても、人間になれないのではないか。現に、『L.D.C.』は新たな武器にフォームチェンジして、歌の力を魔力に変えて戦うための道具になった。大切な人を守るための力だと、龍助に言われたものの、いつか彼やその仲間をこの『L.D.C.』の武器で、以前、デビルモードで暴走した時のように傷つけてしまうのではないか…。」と。
龍助が励ますために、クラスメートとのピクニックへ誘い、朱里は少し元気になっていたものの、迫り来る魔界からの追っ手のことや龍助たちのことを考えると、揺れる思いで、時々、ため息をつくことがあった。龍助とリラはそんな彼女をただ見守るしかなかった。
「そうだ、龍助!」
龍助の部屋でリラが龍助の頭の上に仰向けに寝そべった状態で声をかける。
「何?おなかすいた?さっき食べたばかりだけど…。」
「おい、おいらを馬鹿にするな!いつも食べ物のことばっかり考えているわけじゃないんだ。」
龍助の頭を肉球付の小さな手で叩く。ぷにっとするだけで、痛くない。
「ごめん、ごめん。てっきり、おなかがすいたのかと思って、おやつにプリンでもどうかな?って思ったんだけど、まだ早いよね。」
「プ、プリン!あのプリンプリンの甘い奴か?おいら、大好き。」
「プリンプリンって…そのまんまだね…。」
リラは、先日食べたプリンのことを想像して、にんまりして、口元のこぼれそうなよだれを小さな手で拭いた。
「よし、あれを食いながら、男同士で龍助と作戦会議を行う!」
「作戦会議?男同士で?あ、そうか、リラは男の子だもんね?」
「おいらは、偉大なドラゴンのオスだ!」
龍助の部屋にプリンを一個、持ってきて、龍助はリラに渡した。リラはうれしそうにプリンの入れ物に飛びつく。
「このビニールを取ってくれ、龍助。頼む。」
「あ、ごめんね。」
そう言って、龍助はプリンの蓋のビニールを取ってやり、スプーンを両手で持ってちょこんと座っているリラへ渡してあげた。喜んで、リラはスプーンを使ってプリンを食べている。
「う~ん。まったりとしていて、プリンプリンで良いよね。」
「分かった、分かった。あんまりプリンプリン言わないでも良いよ。」
少し赤くなっている龍助には目もやらずに、プリンと格闘していた。
「それで、作戦会議って?」
「あ、何だっけ…?そ、そうだった!龍助、お前、朱里が好きか?」
突然のリラの言葉に、ますます赤くなる龍助。
「え、あ、な、何を急に?」
「好きかどうか?」
「す、好きだよ…。」
「おいらも朱里が好きだ。もっと元気になって欲しい。でも、R.と戦った時のデビルモードの暴走のことをまだ気にしている…。」
「そうだね…。僕も励ましたいんだけど。どうしたらよいものか分からなくて。」
ため息をついて、龍助が下を向く。
「そ・こ・で・だ!!おいらのとっておきの作戦がある。名づけて『朱里が元気にハッピー作戦 by.リラ』!」
「?…。作戦名はおいといて、どんな作戦なの?」
「こら、おいておくな?こっちに持って来い!一晩考えに考え抜いた作戦名なんだから!」
そういえば、昨日はリラが珍しく、晩御飯後にビスケットをせびりに来なかったことを思い出した。リラなりに朱里のことを心配していたのだろう。作戦名のネーミングのセンスはさておいて。
「具体的な手順は、次のようだ。一度しか言わないから耳の穴をかっぽじいてよく聞くように、諸君!…って言っても龍助しかいないんだけど。龍助、お前が朱里に美味しいものを沢山食べさせてあげる。そしたら、朱里も喜ぶ。きっとハッピーになる。以上!」
「…。それだけ?…まぁ、美味しいものを食べると確かにみんなハッピーになるかもね…。特にリラは。」
「今回の任務は、龍助に任せる!」
「え?」
「おいらは、朱里の代わりにμをなぜなぜしてあげるから。」
「あ、μと書かれた卵みたいなものだね。いつも、朱里が子守唄を歌いながらなぜてあげているもんね。」
朱里は、よく卵を優しくなぜてあげながら歌を歌っていた。その姿とその歌声を聞きながら龍助も一緒に癒されていた。
「本来なら、おいらもついていって、毒見をするべきなのだが、龍助と朱里と二人で楽しんでこい!」
「え、それって…。」
「デートというものだ。確か。こないだテレビドラマでやっていた。テレビの女が元気になっていた。」
先日、龍助の携帯電話でリラがテレビを見ていたのだが、どうやら、ラブストーリーのドラマ番組を見ていたのか?と龍助は思った。
「美味しいものを食べたら、温泉につかって、また美味しいものを食べていた…。お魚から、お肉までおいしそうだったなぁ…。こないだ龍助が買ってくれた、たこ焼きみたいなものに、汁をつけて食べるものもあった…。あれも食ってみたい…。」
遠い目で、リラはテレビに映し出された料理を思い出しているようだ。どうやら、ラブストーリーではなくて、別のチャンネルでやっていたと思われる地方の名産を巡るグルメ番組だったようだ。リラらしい。
「と、いうことで、後はヨロシク!」
リラはプリンのカップを逆さまにして下側にあったカラメルが垂れてくるのをなめたら、うれしそうに手を合わせた。
「ご馳走様でした。ちゃんと言わないと、朱里に怒られるからな。じゃぁ、おいらはμの横で寝てくる。健闘を祈る!」
軽く敬礼をして、パタパタと小さい翼で隣の朱里のいる部屋へ飛んでいった。後に残された龍助がはっとする。
「え、それって、僕がなんとかするってこと?」
翌日、学校で、困った龍助は事情を光に相談したら、乗り気で色々とスポットを教えてくれた。
「まぁ、せいぜいがんばってこい!健闘を祈る。」
そう言って、リラが龍助にしたように、軽く敬礼のまねをした。そういえば、リラも光もカレーパンが好きなところまで似ているなぁ、と、ふと思って小さく笑った。光は不思議そうに龍助を見ていたが、少し間をおいて龍助に尋ねた。
「なぁ、一色も朱里と同じように魔界というところから来たんだよな…。」
「そう言っていた。」
「そうか…。俺たちとは違う世界の人間なのか…。」
「正しくは、魔族らしいけど。どうして?」
「いや、何にも無い。お前たちがぼろぼろにやられた日から、時々、無事かどうかメールすることがあるんだけど、一色はいつも龍助のことと朱里のことばっかで。まぁ、結界が張ってあるらしいから大丈夫ということだけど、念には念をと、思うんだけど。」
「優しいね。光も一色さんも。光を心配させないように不安なのは口に出さないようにしているんだと思うよ。でも、光がメールしてあげることで安心していることもあるんじゃないかな?」
「?…。勘違いするなよ。お、俺は別に一色のことはなんとも思っちゃないから。ただ、もう誰も俺の前からいなくなって欲しくないんだ…。」
そう言うと、光は少し寂しい表情になった。光の兄は、数年前、事故で無くなった。光の目の前で。詳しくは、龍助も知らされていないが、大好きだった兄が亡くなったことで、今も心のどこかにぽっかりと穴が開いたようで、そこを埋めるために、時々兄が弾いていたギターを弾いているんだと、光が龍助に打ち明けたことがあった。
「そうだね。僕も、大切な人や大切な仲間がいなくなってしまうのは寂しいよ。ずっと一緒にいたい…。」
龍助はそう呟いた。
「なんだお前が暗くなること無いだろう?お前は、朱里とデートなんだから?今を精一杯、楽しめ!」
龍助を気遣って大きな声で言う。
「デ、デートって大きい声で言うなよ。」
顔を真っ赤にして、両手を上げて慌てた龍助を見ながら光は笑った。
「デ、デートですって?光様?誰が?」
実が喜んで寄ってくる。
「いや、何にもない。気のせいだ。お、朱里だ。邪魔者は退散する。じゃぁ、しっかりがんばれよ、少年!」
光が龍助の肩を軽く叩いて、実を連れて去っていった。朱里がすれ違って挨拶をして、龍助を見つけて軽く微笑む。
「光君と何を話していたの?」
「ちょっとね。じゅ、じゅ…、あ、麻宮さん!明日、暇かな?」
緊張してがちがちになって龍助が朱里に尋ねた。
「朱里でよいよ。龍助君。明日は、ラクロス部も休部だからあいているけど、どうして?」
「よ、よかったぁ。明日、良かったら街に一緒に遊びに行かない?高校生だから、あんまりお金も持ってないけど、美味しいお店を知ってるんだ…。って、言っても、光に今、教えてもらったんだけど…。」
「ふふっ。龍助君、ありがとう。喜んで。ちょっとおめかししていかないと。龍助君とのデートだもんね…。」
「…。」
二人とも少し頬をピンクにして、お互いの顔を見つめて照れくさそうに微笑んだ。
翌日は雲ひとつ無い晴れ晴れとした天気だった。龍助は、用事で一足先に学校へ寄ってから、駅前で朱里と待ち合わせることにしていた。
朱里は、ちょっといつもと違う衣装で、ちょっぴりピンクのルージュの口紅をして、長い髪をリボンでポニーテールにまとめておしゃれをして家を出た。
携帯音楽プレイヤーのイヤフォンをつけて、プレイボタンを押す。流れてきた曲は、2step風の明るい曲[I'll be there soon.(すぐ行くよ)]だった。朱里がそのメロディーに合わして口ずさむ。
「新しい服着て 街に出かけようよ
退屈な毎日 つまらないよね」
いつもは、リラがついてくるのだが、今日は、リラがμとお留守番をすると言ってくれたので、久々に一人で街を歩いていた。街の街路樹が輝いていて、とても眩しい。デビルモードで、暴走した時のことを思い出してブルーになっていたが、今日はそうでなかった。
「ずっと 待ちわびてた季節が巡り
思い切り あなたの腕に跳び込もう」
ドキドキしつつ、駅の方へ向かっていた。
リラが部屋でμと記された卵をなぜながら、呟く。
「朱里が元気になると良いね。なぁ、μ…。おいらは、どうしたらよいんだろう…。」
龍助は学校の近くにある花屋で、小さな花束を買っていた。とても可愛いが、朱里のように綺麗なブーケだった。
それを持って店を出たとたん、少女とぶつかる。
「うわ、ごめんなさい。君、大丈夫?怪我しなかった?」
すぐに、龍助が謝る。
「何?気をつけろよ、お、お前。」
ぶっきらぼうに答えたのはJ.だった。
「それに、君じゃなくて、ちゃんとした名前があるんだ。」
「?」
「ジャ、ジャンヌ…だ。」
「綺麗で素敵な名前だね。君…、いや、ジャンヌさんにとても似合っているよ。」
「な、なんだと。俺は…。」
J.は少し赤くなって、つんとする。
「あ、これ、そこの店でブーケを買った時に貰ったんだ。お詫びに、これをあげるよ。」
そう言うと、龍助はJ.に小さな花の付いた髪飾りを手渡した。
「じゃぁ、急いでるから。そ、そうだ。僕も名乗ってなかったね。南龍助って言うんだ。それでは。」
龍助が腕時計を見て、慌てて走り出す。
「あ、こんなもの…。南…龍助?ひょっとしてあいつが龍助という人間なのか?」
J.は龍助が手渡していった髪飾りを手に持ったまま複雑な表情をした。
「俺は、ジャンヌという名前が嫌いだ…。でも、あいつは綺麗で素敵な名前と言ってくれた…。いかん。任務で来たんだ。」
頭を振ってから気合を入れなおし、J.は瞳を閉じた。
「ジュリア クリスティーは、あそこにいるのか…。見つけたぞ。」
次の瞬間、J.の姿はそこにはなかった。
朱里が駅に向かっている途中で、ふと足を止める。後ろに殺気を感じたからだ。
「R.じゃないわね。誰なの?」
「J.だよ。R.をボコボコにしたのはあんただね?」
リラを取り出そうとして、リラがいないことに気がつき、re-writeできない朱里は、ゆっくりと振り向く。
「本当は、すぐあんたをぶっ倒したいところだけど、シーズ博士の命令だから、今日は勧告だけにしておくよ。」
「?」
「大人しく、あきらめて魔界へ投降しなさいよ。何をたくらんでるのか分からないけど、無駄無駄。」
「お願い。見逃して。」
「何言ってんの?本来なら、この場でお前を消滅させてもいいんだよ。あ、そうだ、さっき南龍助ってやつに会ったんだ。」
「龍助君に…?」
「あいつも、そういえば、お前を匿った上に、抵抗したんだから、消滅させても良いんだよ?」
「龍助君には、手を出さないで!彼は何も悪くないの。」
「まぁ、なんでも良いわ。みんな倒しちゃおうかしら?」
J.が適応魔法を開放してモードチェンジをした。J.は先ほどよりも表情がきつくなった。
「どうして?」
「戦う理由って必要なの?ぶっ潰したい気分だから、じゃ、駄目?」
J.が大きな鎌の武器を振り出そうとした瞬間、J.の腕を止めたものがいた。涼(R.)だった。
「なんや、R.か。お前がやりたかったんか?悪いが、俺が頂くぜ。」
「J.、勝手なことをするな。お前の任務はおそらく勧告だけだったはずだ。それに、今、お前が人間たちの前で適応魔法を解除したから、一部の人間たちが目撃して、突然姿が見えなくなったと騒いでいる。その処理も必要なんだぞ。これ以上無用なことをするな。」
「ちっ、余計な邪魔しあがって。負け犬が…。」
J.が武器をしまう。数人の人間が目の前のJ..が神隠しにあったように見えて慌てていたが、涼が右手のひらを向けて、呪文を唱え記憶置換魔法によって、記憶を摩り替えられ、何事も無かったように静かになった。
「さて、ジュリア クリスティー。悪いことは言わん。大人しく投降しろ。これ以上抵抗しても、何も良いことは無い。」
「俺は、お前を倒せればその方が良いがな。」
「黙ってろ。J.。」
「あ~あ、つまんねぇなぁ。分かったよ。R.に任せてやる。」
J.が道端に座り込む。涼が話す。
「わ、分かったわ。でも、お願いがあるの。あと一日、待ってもらえないかしら。あと一日だけ。その後で、魔界へ投降すると約束する。それから、ハルカリ ディオールには手を出さないで。南龍助にも。」
朱里が涼の目をぐっと睨んで訴える。その拳はぎゅっと握っていて、肩は小刻みに震えていた。敵の恐ろしさに、震えているのではなく、龍助との別れに対する悲しみからだった。涼が、彼女の様子を見て、斜め上に視線を移す。
「良いだろう。その代わり、明日の朝に、お前を迎えに来る。それで良いなぁ?J.?」
「ちぇっ。めんどくせぇ。今、連れて行っちゃえば良いのに…。あれ?R.はなんかこいつに優しすぎるんじゃないの?速水涼なんて人間界の名前を持っちゃうから、おかしくなっちまった?」
「馬鹿なことを言うな!大人しく降伏すると言っているのだから、無用な争いを避けてスムーズに任務をこなそうとしているだけだ。ハルカリ嬢には魔界へ自宅謹慎,南龍助には記憶置換魔法を施す。それで、当初の任務は完了するだろう。」
ちゃかすJ.に涼は淡々と答える。J.はつまらなそうに近くにあった石を掴んで軽く投げた。
「ありがとう。涼さん。」
「ただし、約束は必ず守れ。龍助以外にも、お前の大切な仲間がいることは分かっている。まぁ、奴らはお前のことを魔族とは知らないようだから、お前が大人しく投降すれば広域の適応魔法の応用で記憶置換が出来るだろう。」
「わ、分かったわ…。」
そう朱里が答えると、R.とJ.は魔方陣で扉を開き、魔界へ帰っていった。
しばらく朱里は立ち尽くしていた。
朱里に起こったことを何も知らない龍助は、そわそわしながら小さなブーケを持って駅前で待っていた。待ち合わせ時間、15分前だった。
後ろから誰かが、龍助の目を両手で押さえる。
「龍助君、お待たせ!」
朱里だった。彼女は龍助に心配させまいと無理に明るく振舞っていた。
「び、びっくりした。実君に見つかっちゃったかと思っちゃった。」
くすくすと朱里が笑う。龍助が小さなブーケを渡す。
「あ、麻宮さん。いや、朱里、これ、プレゼント。」
「ありがとう。綺麗…。それに良い香りがする。」
朱里が耐え切れなくて、涙を流す。龍助が慌ててハンカチを差し出す。
「大丈夫?あ、何か気に触ることしちゃったのかな?」
「ううん。うれしかったの。本当にうれしかったから…。」
ハンカチを受け取って涙を拭いてしばらくすると、龍助の手を握って笑顔でこういった。
「今日は、想い出、一杯作ろうね!」
龍助も真っ赤になりつつ、うなずく。二人の別れが近づいていることを何も知らずに…。
龍助は、光に教えてもらっていたおしゃれなスポットへ朱里を連れて行って楽しんだ。朱里も、別れのことは今は忘れて精一杯、龍助とのデートを楽しんだ。今しかない、この二人の時間を。
おしゃれな雑貨店でイヤリングを見たり、ブレスレットを見たりした。
龍助がクールなサングラスをかけてみたり、朱里が可愛い帽子を被ってみたり、この町一番おしゃれな雑貨店は恋人たちにとって格好の遊園地みたいなものだった。
ワクワクドキドキする気持ちを更に鮮やかに演出してくれる。ときめく気持ちを色さまざまな照明やインテリアが二人を照らす。
朱里は、龍助にドラゴンの模様の入ったシルバーのブレスレットを、龍助は朱里にピンクに輝く小さな石が入ったイヤリングをプレゼントした。
それから、午後の優しい日差しの中、甘い香りのするクレープ屋で、クレープのトッピングを楽しんだりもした。
「今度は、リラも連れてきてあげようか?きっと喜ぶよ。」
「そうね…。リラはきっと喜ぶよね。甘いものも大好きだから。」
「まぁ、何でも好きそうだけどね。あ、しいたけだけが駄目だったっけ?帰りにクレープを買って帰ってあげようか?」
出会った頃には龍助に懐いていなかったリラが、今では大分、龍助と仲良くなったんだなぁと感じた。朱里の顔を見つめながらうれしそうに話す龍助に微笑み返した。そして、人間になるために魔界から飛び出してきて、龍助と出会った日からの楽しかった日々を思い出していた。千夏や、恵,光,実,裕二,武司たち仲間との思い出の中に、ひときわ輝いた龍助との思い出が頭によぎる。愛おしい気持ちがあふれてくる。そんな彼とも明日の今頃にはもう会うことを許されなくなり、彼の記憶の中から自分が消えてしまうことを考えるととても寂しい気持ちになった…。龍助に気づかれないように小さくため息をつく。
続いて、楽器屋へ入ってみた。奥でクールなギターの音が鳴っていたが、龍助はシンセサイザーの売り場へ行ってみた。龍助は、小学校の音楽の授業で鍵盤ハーモニカをやった経験しかなかったので、分からないなりに朱里と色々と楽器を触ってみた。
「いつか、光や仲間を誘って、朱里の歌でユニットかバンドをやってみたいなぁ。」
「本当?私も龍助君と一緒に音楽できるときっと楽しいだろうなぁ、って思う。」
「そうだね。ちょっとずつ勉強してみようかな?」
「楽しみだね…。」
龍助が思い出したように言った。
「朱里と出会う前…、ずっと、変わりたいと思ってきたんだ。でもなかなか変われないんだよね。朱里のおかげで少し前向きになれたんだけど、まだ目標が決まってないんだ。」
「急いで変わらなくても良いんだよ。大切なのは、変わりたいと思う気持ちが龍助君自身の心にあり続けることだよ。想い続ければきっといつか願いがかなうよ。」
「そうだね。よく覚えておくよ。朱里の願いもかなうと良いね。そうだ、そろそろおなかすかない?光に教えてもらった、とっておきのお店があるんだ。さぁ、行くよ!」
遅めの昼食には、海の見える素敵なレストランに行った。そこで、龍助はハンバーグコース。朱里も同じものを頼んだ。龍助と同じものを食べたり見たりすることで、少しでも朱里は龍助を感じたかった。少しでも彼のうれしい気持ちを一緒に感じたかった。
相変わらず何も知らずに、照れくさそうに、顔を真っ赤にしながらうれしそうに話す龍助の笑顔がとても眩しかった。時が停まって、ずっとこの幸せな一時が続けばよいのに、と願った。例え、かなわぬ願いと知っていても…。
「綺麗だね。今日はありがとう…。龍助君。」
夕方頃に町の南にある観覧車に二人で乗った。朱里は、龍助と向かい合って座っていた。
「あっという間に夕方になっちゃったね。」
真っ赤な夕日が二人の顔もオレンジ色に染める。
ここからは、この町を見渡せる。朱里が外を指差す。その先には龍助たちが通っていた校舎が見えた。そして、二人が出会った屋上も見えた。
「あそこで、再開したんだよね?」
「え?再開?確かにあそこで僕たちは出会ったんだけど…。僕はあの時、初めて君に出会ったんだよ…。」
朱里が窓の方を向いたまま話す。
「うん。そうだね。でも、私たちは、以前出会っているんだよ…。」
「え?」
「なんてね…。うそだよ。」
朱里が舌を少し出してごまかすように龍助の方を見た。その目には涙があふれて、頬を一筋の涙が流れた。
「あれ、変だな?私…。龍助君と二人きりだったから、ちょっと緊張しちゃっているからかな。」
龍助に借りていたハンカチで涙を拭く。龍助が心配そうに朱里の顔を覗き込む。
「大丈夫?疲れちゃったかな?」
「ううん。とっても楽しかったよ。龍助君にこのイヤリングとブーケまでプレゼントしてもらったし。大切にするね。」
「ああ。僕もブレスレット大切にするよ。」
龍助が左手にはめたブレスレットを見せるように右手でさすった。朱里が微笑む。彼女の耳にもイヤリングがそっと揺れる。ポニーテールにしているので、イヤリングのピンク色の石が彼女の耳元で輝いているのが良く分かった。
「ありがとう。」
二人が同時に言った。あまりにタイミングが同じだったので、朱里はくすくすと笑い、龍助は照れくさそうに頭をかくしぐさをしながら笑った。
観覧車が一番高いところへ到着した。朱里が歌を口ずさむ。
「もっと 近くに来て 瞳に映る私を
これからも笑顔でいさせて...」
龍助がうっとりと彼女の歌を聞きながら口を開いた。
「[I'll be there soon.(すぐ行くよ)]だね。」
「うん。今日、家を出た時に聞いていたの。その時の気持ちにあった感じの曲だったから…。」
「…。」
二人とも少し照れくさそうに、どちらとも無く歌った。
「鮮やかに光る ぬくもりの中で
かけがえのないもの 見つけたよ
あなたの優しさで 包み込んでいて
私だけ見つめて 放さないでいて」
二人のデュエットが終わった時に、オレンジのクリスタルが朱里の『L'aile du coeur(心の翼)』に輝いた。
「見て、7つめのクリスタルよ。」
「そうだね。これでまた少し夢に近づいたんだね。」
「う、うん。そうだね。」
朱里は、明日の朝には魔界の使者によって拘束される約束になっていて、もう夢を描くことすらかなわないことを龍助に伝えられなかった。また、同時に龍助が記憶置換をされて、朱里の事を忘れてしまうことをとても悲しく感じた。
「龍助…。そうだ。今日のお礼にもう一つプレゼントあげる。」
「え、何?」
「目を閉じて?良いって言うまで目を開けちゃだめだよ。」
「あ、うん。」
言われるままに龍助は瞳を閉じた。朱里は龍助の顔を目に焼き付けるようによく見つめてから、そっと彼の額にkissをした。
「忘れないでね。龍助君…。」
心の中でそうささやいた。
「あ、目を開けちゃだめだよ。」
前かがみにになってる朱里が龍助に言う。
「あ、いや、ごめん。でも…。ありがとう…。」
「いいえ、こちらこそ。」
朱里が席に戻ろうとしたときに、少しバランスを崩してよろめいた。とっさに龍助が朱里を抱き寄せる。
龍助の膝で朱里が赤くなる。龍助はずっと赤くなっていた。夕日が降りて暗くなり、観覧車はイルミネーションで綺麗に彩られた。とても綺麗な恋人たちの箱舟は、ゆっくりと点いていく町明かりの上をふわふわと浮いているように煌いていた。また二人は、歌を口ずさんだ。朱里の『L.D.C.』を二人で見つめながら…。
「鮮やかに光る ぬくもりの中で
目覚めた朝に 感じていたい
あなたの優しさで 包み込んでいて
あなただけ見つめて 歩いて行きたい」
そして、翌朝、龍助が目覚めた時にはもう朱里の姿は無かった…。
しかし、朱里は人間になりたいという自分の夢をかなえるために人間界へ来たことによって、龍助や遥を巻き込み、傷つけたり、そして龍助たちのクラスメートである、光,実,千夏,恵,裕二,武司まで危険が迫るのではないかと、あらためて夢の実現に伴うリスクに悩んでいた。
「自分の夢をかなえるために、誰かを傷つけるぐらいであれば、一層、あきらめてしまった方が良いのではないか…。」と。
そして、「そもそも、『L.D.C.』にEspoirを集めてクリスタルが増えても、人間になれないのではないか。現に、『L.D.C.』は新たな武器にフォームチェンジして、歌の力を魔力に変えて戦うための道具になった。大切な人を守るための力だと、龍助に言われたものの、いつか彼やその仲間をこの『L.D.C.』の武器で、以前、デビルモードで暴走した時のように傷つけてしまうのではないか…。」と。
龍助が励ますために、クラスメートとのピクニックへ誘い、朱里は少し元気になっていたものの、迫り来る魔界からの追っ手のことや龍助たちのことを考えると、揺れる思いで、時々、ため息をつくことがあった。龍助とリラはそんな彼女をただ見守るしかなかった。
「そうだ、龍助!」
龍助の部屋でリラが龍助の頭の上に仰向けに寝そべった状態で声をかける。
「何?おなかすいた?さっき食べたばかりだけど…。」
「おい、おいらを馬鹿にするな!いつも食べ物のことばっかり考えているわけじゃないんだ。」
龍助の頭を肉球付の小さな手で叩く。ぷにっとするだけで、痛くない。
「ごめん、ごめん。てっきり、おなかがすいたのかと思って、おやつにプリンでもどうかな?って思ったんだけど、まだ早いよね。」
「プ、プリン!あのプリンプリンの甘い奴か?おいら、大好き。」
「プリンプリンって…そのまんまだね…。」
リラは、先日食べたプリンのことを想像して、にんまりして、口元のこぼれそうなよだれを小さな手で拭いた。
「よし、あれを食いながら、男同士で龍助と作戦会議を行う!」
「作戦会議?男同士で?あ、そうか、リラは男の子だもんね?」
「おいらは、偉大なドラゴンのオスだ!」
龍助の部屋にプリンを一個、持ってきて、龍助はリラに渡した。リラはうれしそうにプリンの入れ物に飛びつく。
「このビニールを取ってくれ、龍助。頼む。」
「あ、ごめんね。」
そう言って、龍助はプリンの蓋のビニールを取ってやり、スプーンを両手で持ってちょこんと座っているリラへ渡してあげた。喜んで、リラはスプーンを使ってプリンを食べている。
「う~ん。まったりとしていて、プリンプリンで良いよね。」
「分かった、分かった。あんまりプリンプリン言わないでも良いよ。」
少し赤くなっている龍助には目もやらずに、プリンと格闘していた。
「それで、作戦会議って?」
「あ、何だっけ…?そ、そうだった!龍助、お前、朱里が好きか?」
突然のリラの言葉に、ますます赤くなる龍助。
「え、あ、な、何を急に?」
「好きかどうか?」
「す、好きだよ…。」
「おいらも朱里が好きだ。もっと元気になって欲しい。でも、R.と戦った時のデビルモードの暴走のことをまだ気にしている…。」
「そうだね…。僕も励ましたいんだけど。どうしたらよいものか分からなくて。」
ため息をついて、龍助が下を向く。
「そ・こ・で・だ!!おいらのとっておきの作戦がある。名づけて『朱里が元気にハッピー作戦 by.リラ』!」
「?…。作戦名はおいといて、どんな作戦なの?」
「こら、おいておくな?こっちに持って来い!一晩考えに考え抜いた作戦名なんだから!」
そういえば、昨日はリラが珍しく、晩御飯後にビスケットをせびりに来なかったことを思い出した。リラなりに朱里のことを心配していたのだろう。作戦名のネーミングのセンスはさておいて。
「具体的な手順は、次のようだ。一度しか言わないから耳の穴をかっぽじいてよく聞くように、諸君!…って言っても龍助しかいないんだけど。龍助、お前が朱里に美味しいものを沢山食べさせてあげる。そしたら、朱里も喜ぶ。きっとハッピーになる。以上!」
「…。それだけ?…まぁ、美味しいものを食べると確かにみんなハッピーになるかもね…。特にリラは。」
「今回の任務は、龍助に任せる!」
「え?」
「おいらは、朱里の代わりにμをなぜなぜしてあげるから。」
「あ、μと書かれた卵みたいなものだね。いつも、朱里が子守唄を歌いながらなぜてあげているもんね。」
朱里は、よく卵を優しくなぜてあげながら歌を歌っていた。その姿とその歌声を聞きながら龍助も一緒に癒されていた。
「本来なら、おいらもついていって、毒見をするべきなのだが、龍助と朱里と二人で楽しんでこい!」
「え、それって…。」
「デートというものだ。確か。こないだテレビドラマでやっていた。テレビの女が元気になっていた。」
先日、龍助の携帯電話でリラがテレビを見ていたのだが、どうやら、ラブストーリーのドラマ番組を見ていたのか?と龍助は思った。
「美味しいものを食べたら、温泉につかって、また美味しいものを食べていた…。お魚から、お肉までおいしそうだったなぁ…。こないだ龍助が買ってくれた、たこ焼きみたいなものに、汁をつけて食べるものもあった…。あれも食ってみたい…。」
遠い目で、リラはテレビに映し出された料理を思い出しているようだ。どうやら、ラブストーリーではなくて、別のチャンネルでやっていたと思われる地方の名産を巡るグルメ番組だったようだ。リラらしい。
「と、いうことで、後はヨロシク!」
リラはプリンのカップを逆さまにして下側にあったカラメルが垂れてくるのをなめたら、うれしそうに手を合わせた。
「ご馳走様でした。ちゃんと言わないと、朱里に怒られるからな。じゃぁ、おいらはμの横で寝てくる。健闘を祈る!」
軽く敬礼をして、パタパタと小さい翼で隣の朱里のいる部屋へ飛んでいった。後に残された龍助がはっとする。
「え、それって、僕がなんとかするってこと?」
イラスト:hata_hataさん
「まぁ、せいぜいがんばってこい!健闘を祈る。」
そう言って、リラが龍助にしたように、軽く敬礼のまねをした。そういえば、リラも光もカレーパンが好きなところまで似ているなぁ、と、ふと思って小さく笑った。光は不思議そうに龍助を見ていたが、少し間をおいて龍助に尋ねた。
「なぁ、一色も朱里と同じように魔界というところから来たんだよな…。」
「そう言っていた。」
「そうか…。俺たちとは違う世界の人間なのか…。」
「正しくは、魔族らしいけど。どうして?」
「いや、何にも無い。お前たちがぼろぼろにやられた日から、時々、無事かどうかメールすることがあるんだけど、一色はいつも龍助のことと朱里のことばっかで。まぁ、結界が張ってあるらしいから大丈夫ということだけど、念には念をと、思うんだけど。」
「優しいね。光も一色さんも。光を心配させないように不安なのは口に出さないようにしているんだと思うよ。でも、光がメールしてあげることで安心していることもあるんじゃないかな?」
「?…。勘違いするなよ。お、俺は別に一色のことはなんとも思っちゃないから。ただ、もう誰も俺の前からいなくなって欲しくないんだ…。」
そう言うと、光は少し寂しい表情になった。光の兄は、数年前、事故で無くなった。光の目の前で。詳しくは、龍助も知らされていないが、大好きだった兄が亡くなったことで、今も心のどこかにぽっかりと穴が開いたようで、そこを埋めるために、時々兄が弾いていたギターを弾いているんだと、光が龍助に打ち明けたことがあった。
「そうだね。僕も、大切な人や大切な仲間がいなくなってしまうのは寂しいよ。ずっと一緒にいたい…。」
龍助はそう呟いた。
「なんだお前が暗くなること無いだろう?お前は、朱里とデートなんだから?今を精一杯、楽しめ!」
龍助を気遣って大きな声で言う。
「デ、デートって大きい声で言うなよ。」
顔を真っ赤にして、両手を上げて慌てた龍助を見ながら光は笑った。
「デ、デートですって?光様?誰が?」
実が喜んで寄ってくる。
イラスト:hata_hataさん
光が龍助の肩を軽く叩いて、実を連れて去っていった。朱里がすれ違って挨拶をして、龍助を見つけて軽く微笑む。
「光君と何を話していたの?」
「ちょっとね。じゅ、じゅ…、あ、麻宮さん!明日、暇かな?」
緊張してがちがちになって龍助が朱里に尋ねた。
「朱里でよいよ。龍助君。明日は、ラクロス部も休部だからあいているけど、どうして?」
「よ、よかったぁ。明日、良かったら街に一緒に遊びに行かない?高校生だから、あんまりお金も持ってないけど、美味しいお店を知ってるんだ…。って、言っても、光に今、教えてもらったんだけど…。」
「ふふっ。龍助君、ありがとう。喜んで。ちょっとおめかししていかないと。龍助君とのデートだもんね…。」
「…。」
二人とも少し頬をピンクにして、お互いの顔を見つめて照れくさそうに微笑んだ。
翌日は雲ひとつ無い晴れ晴れとした天気だった。龍助は、用事で一足先に学校へ寄ってから、駅前で朱里と待ち合わせることにしていた。
朱里は、ちょっといつもと違う衣装で、ちょっぴりピンクのルージュの口紅をして、長い髪をリボンでポニーテールにまとめておしゃれをして家を出た。
携帯音楽プレイヤーのイヤフォンをつけて、プレイボタンを押す。流れてきた曲は、2step風の明るい曲[I'll be there soon.(すぐ行くよ)]だった。朱里がそのメロディーに合わして口ずさむ。
「新しい服着て 街に出かけようよ
退屈な毎日 つまらないよね」
いつもは、リラがついてくるのだが、今日は、リラがμとお留守番をすると言ってくれたので、久々に一人で街を歩いていた。街の街路樹が輝いていて、とても眩しい。デビルモードで、暴走した時のことを思い出してブルーになっていたが、今日はそうでなかった。
「ずっと 待ちわびてた季節が巡り
思い切り あなたの腕に跳び込もう」
ドキドキしつつ、駅の方へ向かっていた。
リラが部屋でμと記された卵をなぜながら、呟く。
「朱里が元気になると良いね。なぁ、μ…。おいらは、どうしたらよいんだろう…。」
龍助は学校の近くにある花屋で、小さな花束を買っていた。とても可愛いが、朱里のように綺麗なブーケだった。
それを持って店を出たとたん、少女とぶつかる。
「うわ、ごめんなさい。君、大丈夫?怪我しなかった?」
すぐに、龍助が謝る。
「何?気をつけろよ、お、お前。」
ぶっきらぼうに答えたのはJ.だった。
「それに、君じゃなくて、ちゃんとした名前があるんだ。」
「?」
「ジャ、ジャンヌ…だ。」
「綺麗で素敵な名前だね。君…、いや、ジャンヌさんにとても似合っているよ。」
「な、なんだと。俺は…。」
J.は少し赤くなって、つんとする。
「あ、これ、そこの店でブーケを買った時に貰ったんだ。お詫びに、これをあげるよ。」
そう言うと、龍助はJ.に小さな花の付いた髪飾りを手渡した。
「じゃぁ、急いでるから。そ、そうだ。僕も名乗ってなかったね。南龍助って言うんだ。それでは。」
龍助が腕時計を見て、慌てて走り出す。
「あ、こんなもの…。南…龍助?ひょっとしてあいつが龍助という人間なのか?」
J.は龍助が手渡していった髪飾りを手に持ったまま複雑な表情をした。
「俺は、ジャンヌという名前が嫌いだ…。でも、あいつは綺麗で素敵な名前と言ってくれた…。いかん。任務で来たんだ。」
頭を振ってから気合を入れなおし、J.は瞳を閉じた。
「ジュリア クリスティーは、あそこにいるのか…。見つけたぞ。」
次の瞬間、J.の姿はそこにはなかった。
朱里が駅に向かっている途中で、ふと足を止める。後ろに殺気を感じたからだ。
「R.じゃないわね。誰なの?」
「J.だよ。R.をボコボコにしたのはあんただね?」
リラを取り出そうとして、リラがいないことに気がつき、re-writeできない朱里は、ゆっくりと振り向く。
「本当は、すぐあんたをぶっ倒したいところだけど、シーズ博士の命令だから、今日は勧告だけにしておくよ。」
「?」
「大人しく、あきらめて魔界へ投降しなさいよ。何をたくらんでるのか分からないけど、無駄無駄。」
「お願い。見逃して。」
「何言ってんの?本来なら、この場でお前を消滅させてもいいんだよ。あ、そうだ、さっき南龍助ってやつに会ったんだ。」
「龍助君に…?」
「あいつも、そういえば、お前を匿った上に、抵抗したんだから、消滅させても良いんだよ?」
「龍助君には、手を出さないで!彼は何も悪くないの。」
「まぁ、なんでも良いわ。みんな倒しちゃおうかしら?」
J.が適応魔法を開放してモードチェンジをした。J.は先ほどよりも表情がきつくなった。
「どうして?」
「戦う理由って必要なの?ぶっ潰したい気分だから、じゃ、駄目?」
J.が大きな鎌の武器を振り出そうとした瞬間、J.の腕を止めたものがいた。涼(R.)だった。
「なんや、R.か。お前がやりたかったんか?悪いが、俺が頂くぜ。」
「J.、勝手なことをするな。お前の任務はおそらく勧告だけだったはずだ。それに、今、お前が人間たちの前で適応魔法を解除したから、一部の人間たちが目撃して、突然姿が見えなくなったと騒いでいる。その処理も必要なんだぞ。これ以上無用なことをするな。」
「ちっ、余計な邪魔しあがって。負け犬が…。」
J.が武器をしまう。数人の人間が目の前のJ..が神隠しにあったように見えて慌てていたが、涼が右手のひらを向けて、呪文を唱え記憶置換魔法によって、記憶を摩り替えられ、何事も無かったように静かになった。
「さて、ジュリア クリスティー。悪いことは言わん。大人しく投降しろ。これ以上抵抗しても、何も良いことは無い。」
「俺は、お前を倒せればその方が良いがな。」
「黙ってろ。J.。」
「あ~あ、つまんねぇなぁ。分かったよ。R.に任せてやる。」
J.が道端に座り込む。涼が話す。
「わ、分かったわ。でも、お願いがあるの。あと一日、待ってもらえないかしら。あと一日だけ。その後で、魔界へ投降すると約束する。それから、ハルカリ ディオールには手を出さないで。南龍助にも。」
朱里が涼の目をぐっと睨んで訴える。その拳はぎゅっと握っていて、肩は小刻みに震えていた。敵の恐ろしさに、震えているのではなく、龍助との別れに対する悲しみからだった。涼が、彼女の様子を見て、斜め上に視線を移す。
「良いだろう。その代わり、明日の朝に、お前を迎えに来る。それで良いなぁ?J.?」
「ちぇっ。めんどくせぇ。今、連れて行っちゃえば良いのに…。あれ?R.はなんかこいつに優しすぎるんじゃないの?速水涼なんて人間界の名前を持っちゃうから、おかしくなっちまった?」
「馬鹿なことを言うな!大人しく降伏すると言っているのだから、無用な争いを避けてスムーズに任務をこなそうとしているだけだ。ハルカリ嬢には魔界へ自宅謹慎,南龍助には記憶置換魔法を施す。それで、当初の任務は完了するだろう。」
ちゃかすJ.に涼は淡々と答える。J.はつまらなそうに近くにあった石を掴んで軽く投げた。
「ありがとう。涼さん。」
「ただし、約束は必ず守れ。龍助以外にも、お前の大切な仲間がいることは分かっている。まぁ、奴らはお前のことを魔族とは知らないようだから、お前が大人しく投降すれば広域の適応魔法の応用で記憶置換が出来るだろう。」
「わ、分かったわ…。」
そう朱里が答えると、R.とJ.は魔方陣で扉を開き、魔界へ帰っていった。
しばらく朱里は立ち尽くしていた。
朱里に起こったことを何も知らない龍助は、そわそわしながら小さなブーケを持って駅前で待っていた。待ち合わせ時間、15分前だった。
後ろから誰かが、龍助の目を両手で押さえる。
「龍助君、お待たせ!」
朱里だった。彼女は龍助に心配させまいと無理に明るく振舞っていた。
「び、びっくりした。実君に見つかっちゃったかと思っちゃった。」
くすくすと朱里が笑う。龍助が小さなブーケを渡す。
「あ、麻宮さん。いや、朱里、これ、プレゼント。」
「ありがとう。綺麗…。それに良い香りがする。」
朱里が耐え切れなくて、涙を流す。龍助が慌ててハンカチを差し出す。
「大丈夫?あ、何か気に触ることしちゃったのかな?」
「ううん。うれしかったの。本当にうれしかったから…。」
ハンカチを受け取って涙を拭いてしばらくすると、龍助の手を握って笑顔でこういった。
「今日は、想い出、一杯作ろうね!」
龍助も真っ赤になりつつ、うなずく。二人の別れが近づいていることを何も知らずに…。
龍助は、光に教えてもらっていたおしゃれなスポットへ朱里を連れて行って楽しんだ。朱里も、別れのことは今は忘れて精一杯、龍助とのデートを楽しんだ。今しかない、この二人の時間を。
おしゃれな雑貨店でイヤリングを見たり、ブレスレットを見たりした。
龍助がクールなサングラスをかけてみたり、朱里が可愛い帽子を被ってみたり、この町一番おしゃれな雑貨店は恋人たちにとって格好の遊園地みたいなものだった。
ワクワクドキドキする気持ちを更に鮮やかに演出してくれる。ときめく気持ちを色さまざまな照明やインテリアが二人を照らす。
朱里は、龍助にドラゴンの模様の入ったシルバーのブレスレットを、龍助は朱里にピンクに輝く小さな石が入ったイヤリングをプレゼントした。
それから、午後の優しい日差しの中、甘い香りのするクレープ屋で、クレープのトッピングを楽しんだりもした。
「今度は、リラも連れてきてあげようか?きっと喜ぶよ。」
「そうね…。リラはきっと喜ぶよね。甘いものも大好きだから。」
「まぁ、何でも好きそうだけどね。あ、しいたけだけが駄目だったっけ?帰りにクレープを買って帰ってあげようか?」
出会った頃には龍助に懐いていなかったリラが、今では大分、龍助と仲良くなったんだなぁと感じた。朱里の顔を見つめながらうれしそうに話す龍助に微笑み返した。そして、人間になるために魔界から飛び出してきて、龍助と出会った日からの楽しかった日々を思い出していた。千夏や、恵,光,実,裕二,武司たち仲間との思い出の中に、ひときわ輝いた龍助との思い出が頭によぎる。愛おしい気持ちがあふれてくる。そんな彼とも明日の今頃にはもう会うことを許されなくなり、彼の記憶の中から自分が消えてしまうことを考えるととても寂しい気持ちになった…。龍助に気づかれないように小さくため息をつく。
続いて、楽器屋へ入ってみた。奥でクールなギターの音が鳴っていたが、龍助はシンセサイザーの売り場へ行ってみた。龍助は、小学校の音楽の授業で鍵盤ハーモニカをやった経験しかなかったので、分からないなりに朱里と色々と楽器を触ってみた。
「いつか、光や仲間を誘って、朱里の歌でユニットかバンドをやってみたいなぁ。」
「本当?私も龍助君と一緒に音楽できるときっと楽しいだろうなぁ、って思う。」
「そうだね。ちょっとずつ勉強してみようかな?」
「楽しみだね…。」
龍助が思い出したように言った。
「朱里と出会う前…、ずっと、変わりたいと思ってきたんだ。でもなかなか変われないんだよね。朱里のおかげで少し前向きになれたんだけど、まだ目標が決まってないんだ。」
「急いで変わらなくても良いんだよ。大切なのは、変わりたいと思う気持ちが龍助君自身の心にあり続けることだよ。想い続ければきっといつか願いがかなうよ。」
「そうだね。よく覚えておくよ。朱里の願いもかなうと良いね。そうだ、そろそろおなかすかない?光に教えてもらった、とっておきのお店があるんだ。さぁ、行くよ!」
遅めの昼食には、海の見える素敵なレストランに行った。そこで、龍助はハンバーグコース。朱里も同じものを頼んだ。龍助と同じものを食べたり見たりすることで、少しでも朱里は龍助を感じたかった。少しでも彼のうれしい気持ちを一緒に感じたかった。
相変わらず何も知らずに、照れくさそうに、顔を真っ赤にしながらうれしそうに話す龍助の笑顔がとても眩しかった。時が停まって、ずっとこの幸せな一時が続けばよいのに、と願った。例え、かなわぬ願いと知っていても…。
「綺麗だね。今日はありがとう…。龍助君。」
夕方頃に町の南にある観覧車に二人で乗った。朱里は、龍助と向かい合って座っていた。
「あっという間に夕方になっちゃったね。」
真っ赤な夕日が二人の顔もオレンジ色に染める。
ここからは、この町を見渡せる。朱里が外を指差す。その先には龍助たちが通っていた校舎が見えた。そして、二人が出会った屋上も見えた。
「あそこで、再開したんだよね?」
「え?再開?確かにあそこで僕たちは出会ったんだけど…。僕はあの時、初めて君に出会ったんだよ…。」
朱里が窓の方を向いたまま話す。
「うん。そうだね。でも、私たちは、以前出会っているんだよ…。」
「え?」
「なんてね…。うそだよ。」
朱里が舌を少し出してごまかすように龍助の方を見た。その目には涙があふれて、頬を一筋の涙が流れた。
「あれ、変だな?私…。龍助君と二人きりだったから、ちょっと緊張しちゃっているからかな。」
龍助に借りていたハンカチで涙を拭く。龍助が心配そうに朱里の顔を覗き込む。
「大丈夫?疲れちゃったかな?」
「ううん。とっても楽しかったよ。龍助君にこのイヤリングとブーケまでプレゼントしてもらったし。大切にするね。」
「ああ。僕もブレスレット大切にするよ。」
龍助が左手にはめたブレスレットを見せるように右手でさすった。朱里が微笑む。彼女の耳にもイヤリングがそっと揺れる。ポニーテールにしているので、イヤリングのピンク色の石が彼女の耳元で輝いているのが良く分かった。
「ありがとう。」
二人が同時に言った。あまりにタイミングが同じだったので、朱里はくすくすと笑い、龍助は照れくさそうに頭をかくしぐさをしながら笑った。
観覧車が一番高いところへ到着した。朱里が歌を口ずさむ。
「もっと 近くに来て 瞳に映る私を
これからも笑顔でいさせて...」
龍助がうっとりと彼女の歌を聞きながら口を開いた。
「[I'll be there soon.(すぐ行くよ)]だね。」
「うん。今日、家を出た時に聞いていたの。その時の気持ちにあった感じの曲だったから…。」
「…。」
二人とも少し照れくさそうに、どちらとも無く歌った。
「鮮やかに光る ぬくもりの中で
かけがえのないもの 見つけたよ
あなたの優しさで 包み込んでいて
私だけ見つめて 放さないでいて」
二人のデュエットが終わった時に、オレンジのクリスタルが朱里の『L'aile du coeur(心の翼)』に輝いた。
「見て、7つめのクリスタルよ。」
「そうだね。これでまた少し夢に近づいたんだね。」
「う、うん。そうだね。」
朱里は、明日の朝には魔界の使者によって拘束される約束になっていて、もう夢を描くことすらかなわないことを龍助に伝えられなかった。また、同時に龍助が記憶置換をされて、朱里の事を忘れてしまうことをとても悲しく感じた。
「龍助…。そうだ。今日のお礼にもう一つプレゼントあげる。」
「え、何?」
「目を閉じて?良いって言うまで目を開けちゃだめだよ。」
「あ、うん。」
言われるままに龍助は瞳を閉じた。朱里は龍助の顔を目に焼き付けるようによく見つめてから、そっと彼の額にkissをした。
「忘れないでね。龍助君…。」
心の中でそうささやいた。
「あ、目を開けちゃだめだよ。」
前かがみにになってる朱里が龍助に言う。
「あ、いや、ごめん。でも…。ありがとう…。」
「いいえ、こちらこそ。」
朱里が席に戻ろうとしたときに、少しバランスを崩してよろめいた。とっさに龍助が朱里を抱き寄せる。
龍助の膝で朱里が赤くなる。龍助はずっと赤くなっていた。夕日が降りて暗くなり、観覧車はイルミネーションで綺麗に彩られた。とても綺麗な恋人たちの箱舟は、ゆっくりと点いていく町明かりの上をふわふわと浮いているように煌いていた。また二人は、歌を口ずさんだ。朱里の『L.D.C.』を二人で見つめながら…。
「鮮やかに光る ぬくもりの中で
目覚めた朝に 感じていたい
あなたの優しさで 包み込んでいて
あなただけ見つめて 歩いて行きたい」
そして、翌朝、龍助が目覚めた時にはもう朱里の姿は無かった…。
to be continued...
- 世界
- 属性
- 魔方陣
- 情報
- 宝具[L.D.C.]
- Espoir01
- Espoir02
- Espoir03
- Espoir04
- Espoir05
- Espoir06
イラスト:hata_hataさん
■Episode 001:
♪:[blue]
■Episode 002:
♪:[light pink -I love you.-]
■Episode 003:
♪:[nu.ku.mo.ri.]
■Episode 004:
♪:[real]
■Episode 005:
♪:[color]
■Episode 006:
♪:[my wings]
■Episode 007:
♪:[I'll be there soon.(すぐ行くよ)]
■Episode 008:
♪:[promise]
イラスト:hata_hataさん
■Episode 009:
♪:[Dancing in the night!]
■Episode 010:
♪:[月影の唄]
■Episode 011:
♪:[Burning Love]
■Episode 012:
♪:[ETERNITY]
■Episode 013:
♪:[ときめき]
■Episode 014:
♪:[flower's song]
■Episode 015:
♪:[baby baby]
■Episode 016:
♪:[your breath]
イラスト:hata_hataさん
■Episode 017:
♪:[ドキ×2]
■Episode 018:
♪:[let it go!!]
■Episode 019:
♪:[N]
■Episode 020:
♪:[tears in love]
♪:[destiny]
■Episode 021:
♪:[Touch to your heart!]
♪:[you and me]
■Episode 022:
♪:[Happy Happy Love]
■Episode 023:
♪:[INFINITY]
■Episode 024:
♪:[さぁ、行くよ! \(@^▽^@)/♪]
■Episode 025:
♪:[pain]
イラスト:hata_hataさん
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”CD作品のご予約ページLink”
"音楽配信Link-11"
[interrupt feat.神威がくぽ] shin
音楽配信:VOCALOTRACKS
VOCALOTRACKS様にてがくっぽいど曲1曲iTunesほか各配信サイトへ2018年11月21日配信開始!!『がくっぽいど(神威がくぽ) 10th Anniversary オリジナル楽曲』
(楽曲:shin イラスト:hata_hata様)
[above feat.神威がくぽ] shin
[HEAVENLY feat.神威がくぽ] shin
[initiative feat.神威がくぽ] shin
[Breaker feat.神威がくぽ] shin
[Come on! feat.神威がくぽ] shin
[departure feat.神威がくぽ] shin
[Lock on feat.神威がくぽ] shin
[monologue feat.神威がくぽ] shin
[reduction feat.神威がくぽ] shin
[voice feat.神威がくぽ] shin
音楽配信:VOCALOTRACKS
VOCALOTRACKS様にてがくっぽいど曲をiTunesやAmazonほかを含む全 配信サイトにて一般配信中!!『がくっぽいど(神威がくぽ) Anniversary オリジナル楽曲』
(楽曲:shin イラスト:hata_hata様)
麻宮朱里(普段着姿)
イラスト:hata_hataさん